「参ったな。護衛なんていらないじゃないか」
警吏にしょっぴかれる男を見送りながら、苦笑する。
どこで習ったのか、身のこなしには無駄がなかった。
そんな様子は、昨夜から微塵も見当たらなかったというのに。
「祖父に教わったんです。でもあれは、あの人に本当は殺す気がなかったからこそですよ」
確かにそうかもしれないが。
「それがわかっていて何故騙されたんだ」
「私には、見えていることしかわかりませんから」
「……」
それは矛盾した言動だと思ったが、なんとなく言わんとするところは感じ取れたから黙っていた。
結局は勘、ということでもあるだろう。
アンバランスな少女だ。
世間知らずで、付き添いがいなければ旅をすることすらできない危なっかしい子供のくせに、こちらが思っている以上にいろいろなことを理解しているような気もする。
なのに、いや、だったら、なぜ――。
そこに考えが及ぶと同時に、俺はひとつのことを決意した。
****
「昨日のナイフの方、お金に困っていそうには見えなかったのに……どうしてあんなことをなさったんでしょうか」
次の街を目指しながら、少女が首を捻る。
この街は、約半分が牧草地だ。街、と言えるのは中心街くらいのもの。
藁を運ぶ荷車に声を掛け、荷台に乗せてもらっていた。
「おおかた『名ばかり貴族』だったんだろう」
家はほとんど没落し、辛うじて『貴族』という肩書に護られていた者たち。
彼らが、新しい制度の一番の犠牲者かもしれない。おそらくは、暮らしのために豪邸も使用人も手放すしかなかっただろう。
それでも自尊心までは手放せない。傅かれていた記憶も、戻りたいという執念も。
被害が無かったから言えることだが、あの男を責める気にはなれなかった。
もちろんそれは、少女も同様のようだ。
「平等って、弱肉強食、という意味でもあるんですね」
「そうかもしれないな」
少女は神妙に俯いている。
「恵まれていることを後ろめたく思う必要はないと思うぞ。お嬢が今いる場所を守り抜いてきたのは、お嬢の親やじいさんたちだ」
「……ええ、そうですね。ありがとう、トバリ」
やっと少女が笑顔を見せたから、僅かに安堵する。
「それをあんたがこれからも守り抜くんだ。簡単じゃない、だから気兼ねすることなんてない」
「トバリは本当にお人好しですね」
意外なことを言われたから、何と答えるべきか迷い、沈黙した。
****
prev / next
(9/24)