「娘が渡した前金を寄越せ」
案の定というか、第二の要求はそれだった。
「最初に見たときから目ぇ付けてたんだよ。別の部屋に泊まってくれてて助かった。世間知らずの娘なら簡単に騙せるからな」
聞いてもいないのに男は得意げに語り始めた。
「偶然を装って話し掛けたら、あっさりと部屋に入れてくれたよ、このバカ娘は。『宿まで同じだなんて、奇遇ですね』なんて笑ってな。ちょっとこいつで脅したら簡単に金のことも吐きやがった。娘の有り金はほら、ここだぜ」
振りかざしていたナイフで自分のポケットを指す。
確かに不自然なくらいに膨らんでいる。
何も言わずにいると、男は途端に苛立ちの表情を見せた。
「さっさと金を出せ。娘を殺すぞ。それから警吏にはあんたが殺ったと言う。俺とあんた、警吏がどちらを信じるかは明白だろう?」
こんな時に限って、武器を身につけていない。
どうしたものかと内心溜め息をつく。
雇い主を殺されても困るが、せっかくの前金を掠め取られるのも我慢ならない。
隙はかなりありそうだ。
ひとまず金を捜すふりをして時間を稼ぐか、そう考えた。
「わかったよ。ただしあんたみたいなのに盗られないようにややこしい場所にしまったんでね、少し時間がかかる」
「さっさとしろ」
舌打ちをしながらも、男は納得した。
相手に背中を見せないように、鞄を置いた場所まで後ずさる。
その瞬間。
「うっ……」
男の腕の中にいた少女が苦しげに呻いた。
男が怪訝な顔をする。
少女は、俯いて歯を食いしばり、搾り出すような声で言った。
「お腹の……赤ちゃんが……」
「なっ!お前、15だろ!?どこで、」
ぎょっとした男が、拘束の手を緩めた隙を見逃さず、少女は男の右手に素早く手刀を浴びせた。
「何っ……うわあっ!」
男が取り落としたナイフを拾い、全身の力で床に引き倒すと、そのナイフを男の喉元に突き付ける。
「トバリ、人を呼んでください!」
「あ、ああ……」
呆然と立ち尽くしていたところを、少女の鋭い声で我に返り、慌ててその指示に従った。
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