空室は十分にあり、無事に今夜の寝床を確保できた。
別に野宿でも構わないのだが、少女を連れている以上できるだけ避けたい。
一方、少女の経済力を頼りにご立派な宿に泊まるという手もあったが、少女はともかくこちらが浮いてしまう。
『私がかどわかした』などという言葉が妙な信憑性を持ってしまうのも困る。
そういう意味ではここは最適な宿だ。
――今頃、少女はもう眠っているかもしれない。
既に夕食は下で済ませてきた。
少女は見慣れないらしい料理の数々に目を輝かせては口に運んでいた。庶民の料理は口に合ったらしい。
しかし最後には目を擦って眠そうにしていたから、きっと彼女も疲れていたのだろう。無理もないが。
「俺は目が冴えちまったが……」
どさりと寝台に腰を下ろす。馬車で寝過ぎたらしい。
せっかくだ、ペガサスのことをもう少し思い出してみようと考えた。
どこをどう飛んで、どのあたりに向かって消えていったのか――目を閉じて記憶を辿る。
戦場となっていた開けた崖の下は深い森になっていて、その辺りがペガサスの棲み処と噂される場所だった。
それまで漠然と、ペガサスは空に棲んでいるものだと想像していたのだが。
「飛び去った、ってことは俺を降ろしたあたりじゃないってことか」
そうなれば、少女はかなりの距離を歩かなくてはならない。それも一人で。
とは言え、もしかすると思いがけないところにひょっこり顔を出すかもしれない。
ろくでもない傭兵を気まぐれに救ったときのように。
「問題は……どこまでお嬢の共をするか、だな」
頭を掻いたその時――
乱暴にドアがノックされた。
誰だ。あの少女がこんな下品なノックをするはずはないだろう。
宿屋の主人にしても無礼すぎる。
警戒しながらドアを薄く開く。
と。
「この娘を殺されたくなけりゃ、さっさと部屋に入れろ」
少女を羽交い締めにし、ナイフを突き付けていたのは、見覚えのある男だった。
「あんた、馬車の……」
金持ちそうで、ずっと読書をしていた、あの若い男。
隣に座っていた時の大人しそうな印象はかけらもなく、血走った眼でこちらを睨み付けている。
「トバリ……」
少女が掠れた声で名前を呼ぶ。
ひとまず男の第一の要求に従うしかなかった。
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