「トバリ、トバリ。起きてください。もうすぐ着くそうです」
ずっと眠っていたわけではない。何度か起きて少女と会話をしたし、昼食も摂った。
しかし、最後に意識を手放した時はまだ明るかったはずだが、ぼんやりと目を開いて感じたのは暗闇だった。
さらに、頭に違和感がある。
「それからトバリ、さすがに少し、重いです……」
困惑したような声で、気付く。
「悪い」
少女の肩に、もたれ掛かっていたらしい。
慌てて体勢を整える。
「お疲れなんですね、夕食は何か元気のつくものを頂きましょう?」
こちらを覗き込んで微笑んだ少女は、『寝癖がついていますよ』と俺の髪を撫で付けた。
向かいの席から視線を感じる。欝陶しい。
俺の隣に座る若い男は、昼間はずっと読書をしていたようだったが日が暮れた今はぼんやりと窓の外の暗闇を眺めていた。
老婆はうとうとと舟を漕いでいる。
あと少しでこの狭苦しい空間から逃れられると思うと安堵した。
「気持ち良さそうに眠っていたから、起こすのも躊躇われたのですけど……ごめんなさい」
「いや、それは別に」
「こんなに揺れるのによく寝られるなあ。お嬢ちゃんの肩はそんなに寝心地よかったかい?」
やはり中年男にからかわれた。寝ていてよかった。起きていたらずっと標的にされていたことだろう。
「少なくともオッサンの肩よりは、そうだろうな」
苦々しく返したが、あまり効果はない。
実際のところ、この手合いは無視するに限る。
とは言え、本当にこんなに深く眠ったのは久しぶりだった。
どうせなら絶世の美女の胸に抱かれて熟睡したかったが――いや、そんなことはどうでもいい。
くだらないことを考えているうちに馬車は街の入口に停まり、三組の乗客たちはそれぞれ異なる方向へ散っていった。
「俺たちも行こう。早くしないと宿が満室になる」
「一部屋空いていればいいのだから、大丈夫なのではないですか?」
「二部屋だ。また『かどわかした』なんて言われちゃ困るからな」
「かどわかしたのは私だと言っているのに」
「お嬢の言い分は問題じゃないんだよ」
溜め息をつきながら、目に留まった宿に足を向ける。確か一度泊まったことがあったはずだ。悪くなかった。
空きがあるといいのだが。
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