幼い少女を一人にできないと正義感に燃えるほど、ご立派な人間ではない。
少女の言葉に頷き、ちょうど目の前を横切った乗り合い馬車を呼び止めた。
「隣の街まで行くか?」
「ええ、街の入口まで。乗って行きますか?」
「ああ、頼む。二人だが大丈夫か」
「ちょうどそれで満員です。どうぞ」
馬車に足を踏み入れると、中年の男が二人と金持ちそうな若い男、それから老婆が乗っていた。
こんな窮屈な馬車など初めてであろう少女は、きょろきょろと中を見回し、先客たちに小さく会釈をしてから席に着いた。
なんとなく、少女を若い男のすぐ隣に座らせるのは気が引けて、三人掛けの席の真ん中に腰掛ける。
「この街から出たことは?」
周りの客の迷惑にならない程度の声で少女に尋ねる。
「ありません」
「だったら知らないかもしれないがこの街はとんでもなく広いんだ。馬車を使っても、隣の街に着いたら日暮れだろう。そこで宿を取る」
「わかりました」
少女は頷く。
最終的にはペガサスを探して歩き回ることになるだろう。それまでにこの少女は少しでも体力を温存しておくべきだと考えた。
いくらペガサス探しまでは付き合いきれないとはいえ、雇い主にとって最善の手段を模索することは最低限の義務だろう。
それに、旅にかかる金は全てこちらで持つと少女は始めに宣言した。いつものようにけち臭い旅をする必要はない。
と、少女の向かいに座っていた中年の男が、ニヤニヤと笑いながらこちらを見た。
「兄さん、このお嬢ちゃんをかどわかしてきたのかい?」
どうやら隣の中年男も連れらしく、同じような表情でこちらを見ている。
確かに目付きの良くない男と身なりのいい少女が連れ立っていては、そう思われるのも無理はないかもしれない。
とは言え、癪に障る物言いと態度だ。
反論しようとしたその時。
「それは逆です。私がこの方をかどわかしたんですよ?」
にこりと笑う、少女。
二人の中年男は目をまるくする。
その横の老婆もちらりとこちらを見た。
「おい、お嬢。それは余計に、」
「だってトバリ、本当のことでしょう?」
「こんなガキにかどわかされた覚えはない」
「まあ!私、先月15になったんですよ。ガキなんかじゃありません」
「ガキだ。俺より十も下じゃないか」
話が逸れて行っていることに気付く。
咳払いをして、中年男たちに向き直った。
「俺はただこのお嬢に雇われた道案内役だ。余計な詮索はやめろ」
「ああ、悪かったよ」
中年男たちは、先程よりもますます愉快そうな表情で言った。
少女に振り回されている間抜けな男とでも思われたに違いない。
それなりに長い馬車の旅だというのに、幸先が悪い。
面倒になり、寝てしまうことにした。
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