翌日の早朝。
約束の時間ぴったりに待ち合わせ場所に到着したが、少女は既にそこで待っていた。
「おはようございます」
「早起きだな、お嬢」
「……あの、その『お嬢』というのは、やめていただけませんか?」
「元貴族のお嬢だろ?お嬢だからお嬢と呼んでるんだ」
「私にはシーナという名前が、」
「いくつも年上の男を呼び捨てにするよりはましだろう」
「あ、ええと、申し訳ありません、トバリ……さま?」
「極端だな。トバリでいい。俺も好きなように呼ばせてもらう」
少女のこれまでの暮らしが想像できる。
決してこちらを見下しているわけではないのだろうが、『上の暮らし』をしていることに無自覚なあたりが、下手をすれば釈に障る。
とは言え、そんな少女に雇われると決めたのは自分自身だ。
情にほだされた、わけではないが、祖父への思いに嘘はないと直感した。
思わず、じいちゃんが大好きだった子供時代を思い出した。
「さてお嬢、さっそく前金をいただこうか」
「ええ、はい、どうぞ。間違いがないか確認なさってくださいね」
「確認しなくてもいい、十分だ」
しばらく遊んで暮らせる額の紙幣。それを鞄に詰め込んで、さっそく歩き出す。
このまま少女を見捨てて逃げても問題ないのだが、契約不履行は趣味ではない。
「あんたはまだガキだし、じいさんは死なない。時間はたっぷりあるから安全な道を選んで行こう」
「トバリはどうなのですか?早く済ませてしまいたければ、私、危険な道でも構いません」
「お嬢、あんたはまだ不死じゃないんだぞ。護衛はするが無駄な労力は使いたくない。それにこの仕事が終わればしばらく働く必要もないだろ。急ぐことはない、俺も」
「そうですか……では、よろしくお願いします」
少女はぺこりと頭を下げた。
「言っておくが、俺に出来るのはペガサスに出会った場所まで案内することだけだ。見つかる保証はないぞ」
後から聞いた話だが、一昔前、永遠の命を求める人間たちがこぞってあの地方を捜索したらしい。しかし誰もペガサスには会えなかった。
それなのに、あの馬はあっさりと目の前に現れた。
救う価値のある命だとは自分自身ですら思えないような人間を、救うために。
少女の祖父にしてもそうだ。
幼すぎる無知な願いのためにやってきた、愚かともいえる老人に、何故ペガサスは羽根を分け与えたのか。
そういう気まぐれな生き物のことだ。少女の前に姿を現すかどうかは、運次第だろう。
「構いません。私は旅をしたことがないので、連れて行ってくださるだけで十分です。ペガサスを探すのは私ひとりでやりますから、トバリはそこまでで帰っていただいてけっこうです」
少女は微笑んだ。
「帰り道にはもう不死になっているでしょうし、試行錯誤して一人旅をしてみますから」
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