「私、祖父と二人暮らしなんです」
唐突に、言う。
「母も父も早くに亡くなって、ずっと二人で暮らしてきました。両親がいないことは寂しかったけれど、私は祖父が大好きでしたから幸せでした」
そこでもう一口、ホットミルク。
「だけど、祖父というのは孫よりずっとずっと早く、死んでしまうものなのだと、六つのとき、私は親戚に聞いたのです」
「そりゃあ、ずっと先に生まれてりゃな」
「ええ。ですが当時の私はそれが受け入れられませんでした。おじいさまが死んでしまったら私は寂しくて寂しくて、どうすればいいかわからないと、泣きました」
そして、と少女はまるで懺悔をするような重苦しい声を出した。
「寂しいから私が死ぬまで死なないでと、私は祖父に懇願したのです」
「無茶を……」
「ええ、祖父もとても困った顔をしていました。ですが一月後、私を親戚に預け、祖父はどこかへ出掛けていきました。祖父は元冒険家でした。私が生まれてからは一度も旅には出ていませんでしたが」
そこで、先の展開が見えた。
「まさか、あんたのじいさんは」
「ええ。ペガサスの羽根を、飲んだのです」
ペガサスは、優しく気高く、美しい生き物。
そして、不死の象徴。
その羽根を煎じて飲めば、不老不死の身体が手に入る。
伝説は、そう語っていた。
「私の願いのために、祖父は死ねない人間になりました。けれど私は気付いていなかったのです――私がいつか死ねば、ひとりぼっちになるのは、祖父の方なのだと」
無知は言い訳にならない。しかし、幼かった少女の願いを咎められる者は、そういないだろう。
「だから、私も不死の身体を手に入れたいのです。おじいさま…祖父を、ひとりにしないために」
迷いのなさに、納得する。
まだ若いこの少女に『死ねない苦痛』が推し量れるとは思えない。
しかし、覚悟だけは、決めて来たのだろう。
「それなら、じいさんに聞いた方が早いんじゃないのか」
「祖父は教えてくれませんでした。『シーナはそんなことをする必要はない』と。だから他にペガサスと出会ったことのある方を探していたのです」
少女の名前は、シーナだとわかった。
「成る程な」
グラスに残っていた酒をあおると、俺は少女を見た。
「わかった。あんたに付き合おう。半額は前金として渡してもらう。残りは成功報酬でどうだ」
「まあ……!ありがとうございます!ええと、貴方のお名前は」
「トバリ」
「ありがとうございます、トバリ!」
「出発は明日の早朝だ。面倒にならない内に始めたい。間に合うか?」
「ええ!いつでも発てるように準備はしています!」
なかなか見所があるようだ。
小さく笑う。
「寝坊するなよ、お嬢」
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