これが偽物だというのなら。
心臓を襲う痛みが、重さが、苦しみが、偽物だというのなら。
「ぼくにとっての『本物』は、何処にあるんだ」
男は、何も答えなかった。
「――君は、どうしてほしい?」
答えなかったくせに、男は尋ねた。
「貴方がぼくをつくったのなら、ぼくの答えはわかっているんじゃないのか。どうしてわざわざ、聞くのか」
ぼくは、言った。
「わからないよ。感情は君のものだと言っただろう?」
男は、ぼくの肩に手を置いた。
「お姉さんのデータを全て消してもいい。データを全てクリーニングすれば楽になれるし、君に商品価値が戻る。けれどもちろん、このままでも構わない。『恋をしたアンドロイド』として、私の貴重な実験データになる」
男は、言葉を続けた。
「それとも他に、君の希望があるならば、それを叶えよう。君を欠陥品のまま友人に売ったのは私だからね、罪滅ぼしくらいはしよう」
希望など。
望むことなど。
『姉さん』
人工の脳に、自分の声が響く。
『姉さん』
声が、泣いている。
『姉さん』
それでも、呼び続ける。
ああ、そうだ。
偽物のぼくの、偽物の感情は、本物だ。
ぼくが本物だと、そう思うのなら、本物だ。
それでも、
『私があなたから与えてほしいものは、あなたには絶対、与えることができない』
姉さんがそう言ったから。
『だけど、愛していたわ、あなたを』
姉さんが、そう言ったから。
「してほしいことが、ある」
ぼくは、白い服の男に、言った。
「ぼくを、――――」
恋をしたアンドロイドなら、幸せな夢くらいは、見られるだろうか。
end
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