外交先では、私と彼はほとんど別行動だった。
慌ただしく滞在を終え、夕方には帰途につく。王宮に帰ってきたのは日も暮れてからだった。
夕食を終え、湯浴みを済ませ、白いワンピースに袖を通す。
部屋に戻ると、彼は既にソファで寛いでいた。まだ少し、髪が濡れている。
「今日もお疲れ様でした、カズマ様」
隣に座ると、彼はちらりとこちらを見て答えた。
「お前も」
短いやりとりにも心があたたかくなる。こういう何でもない時間が、私はとても好きだった。
すると、彼がすっとソファから立ち上がった。
「……?」
まだ寝るには早い時間だ。どうしたのだろう。
と。一旦奥の寝室に消えた彼は、すぐにこちらに戻ってきた。
「カズマ様?」
彼は、首を傾げる私の手を取ると、そのてのひらに小さな箱を置いた。
「あの……?」
「笑うなよ」
何となく、ばつが悪そうに彼が目を逸らす。あまり見ることのない表情だ。
「……?あの、開けてもいいですか?」
躊躇いながら小さな箱を開くと、
「あっ……!」
そこに入っていたのは、綺麗な指輪。
「もしかして、昼間の……」
彼は、相変わらず私から目を逸らしたままだ。
「証、なんていうのは趣味じゃないが、お前が喜ぶなら、……」
そこで一度言葉を切ってから、
「いや、違うな、俺がただ、受け取ってほしかっただけだ」
鼓動が速くなるのがわかった。
いつになくまっすぐな言葉を掛けられると、落ち着かない。
だけど、それ以上に――
「嬉しいです。ありがとうございます、カズマ様」
微笑んでそう言うと、彼は無表情に答えた。
「俺が勝手に贈ったものだから、いつも身につけていろとは言わない。どこかにしまっておいていい」
「そんな!毎日つけます!……あっ、でもなくしちゃったらどうしよう」
「左手薬指にはめる指輪には願い事、という意味もあるそうだ。夜眠るときにだけつけておくと願いが叶うとか何とか、店主が言っていた」
「素敵ですっ!だったら今夜からそうします!……ところでカズマ様、この指輪、どこで……というかいつの間に?」
私が尋ねると、彼はしれっと言った。
「外交先の第一王子に案内してもらった城下のアクセサリー屋で買った。あの国の連中は宝石の加工が得意だからな、庶民の店でも見劣りはしない」
そして、眉を潜めて付け加える。
「王室が世話になっている職人に命じて作らせてもよかったんだが、女官たちの噂になりそうだと思ってやめた」
私は思わず、くすりと笑ってしまった。
「確かに、そうですね」
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