薬指の束縛
「結婚指輪、ですか?」
外交で他国へ向かう馬車の中、マリカさんの言葉に私は目をまるくした。
「ええ、普通、結婚するときには愛の誓いとして指輪を贈り合うんですわ」
「愛の誓い……」
「結婚式のときに指輪の交換をするんですの。それから誓いのキス!」
「キス!?あんなに大勢の人の前で!?」
私が飛び上がると、マリカさんは『何を今更』という顔をした。
「殿下とリンさまの結婚式ほど人はいませんわよ、もちろん。お二人の結婚式にも指輪の交換と誓いのキスがあればよろしかったのに、と思ったんですわ」
「そ、そんなの……」
私たちの結婚式は本当に形式的なもので、ほとんど会話もないままただ彼の隣に立って、次々と執り行われる儀式をこなしていったただけだった。
王族の結婚式はそういうもので、華やかな祭事ではあるけれど、『このひとと結婚するのだ』という実感は湧きにくい。
「だけど指輪を交換、っていうのは、素敵ですね」
国同士での贈り物はもちろんたくさんあった。だけど、お互いに何かを贈り合う、というのは何だか特別な感じがする。
「その時に交換した指輪は、『結婚しています』という証としてずっと左手の薬指にはめておくんですのよ」
指輪というのはただの装飾品、という認識しかなかったから何だか新鮮だ。
文官がお洒落で指輪をしているのはよく見かけるし、王族の中にもたくさんの指輪をいくつもの指にはめている人がいたりする。
けれど、彼は剣を使う時に邪魔になるものは身につけないし、私もあまりアクセサリーはつけない方だ。指輪は縁遠いものだった。
「薬指が一番動かない指だから落としてしまう心配が少ないんですって」
「へえ……一生ものなんですね」
「素敵でしょう?先日友人が結婚いたしましたの、ほら、数日お暇をいただいた時。友人の指輪はとっても綺麗でしたわあ〜!」
「大好きな人がくれたものなら、一生身につけていたいっていう気持ちになるかもしれませんね」
そこで、ずっと興味なさげに外を眺めていた彼が口を開いた。
「いかに高価な指輪を贈るかで夫の価値が決まると聞いたことがあるが」
それを聞いたマリカさんは苦笑した。
「いやですわ、殿下。そうやって張り合う方々もいらっしゃるみたいですけれど、ほとんどの夫婦はお互いへの愛の証として身につけているんですから」
「それと虫除けに、か」
「まあ、そういった意味もございますわね」
「虫……?」
私が首を傾げると、マリカさんがにこにこしながら答えた。
「結婚している方にちょっかいをかけようなんて気を起こす者は、めったにいないでしょう?殿下がいつもご心配なさっているような意味ですわ」
「おい」
「あ、えっと……」
意味がわかったものの、彼が眉間に皺を寄せているから私は何と反応していいかわからない。
ちょうどそこで、馬車が目的地に到着したから、指輪の話題はそこで途切れた。
****
prev / next
(2/8)