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「脚本、ですか……?」
千雪は、戸惑いの色を浮かべながらも、ぼくの脚本を受け取った。
「そう。ぼくが一生懸命書いたんだ。千雪たちがなかなか夫婦らしくならないから、父さんと母さんが心配しててね。千雪が大好きで父さん母さんも大好きなぼくが一肌脱いだってわけ」
「この脚本を……私とだんなさまで……?」
「うん。初めは棒読みでいいんだよ。毎晩繰り返すことでだんだんいい雰囲気になっていく、ってわけ」
「…………いい雰囲気に、ならなくても」
「だめだよ!父さんと母さんが!心配してるんだから。もちろんぼくも!ね」
「う……」
嫁である千雪の立場につけこむ。こう言えば千雪はノーとは言えないとわかっているからね。
「だけど……お義父さまお義母さまのやりとりは、その、私には少し……刺激が強くて……」
「大丈夫だよ、初心者向けの内容で脚本化してるから」
「でも……」
意外と往生際の悪い千雪に、ぼくは切り札を出す。
「このまま千雪がトキ兄と喧嘩ばっかりしてたら、離婚してイバラ兄と結婚させるしかないって、父さん言ってたよ」
「え…………」
「イバラ兄ならトキ兄と違って千雪と喧嘩したりしないし素直だしね。意外とお似合、」
「イバラさんは絶対に嫌!!!!!!」
ぼくは小さくガッツポーズをした。
トキ兄との離婚はもちろん、イバラ兄の奥さんになることは千雪には死ぬほど嫌なことなのだ。
殺し大好き、自分大好きの変態だし、人の話を聞かないしね。悪い奴じゃないんだけど。何度も言うけど。
そして、千雪に本気で頼まれたら最終的にトキ兄は絶対に断れない。
「トキ兄には離婚のこととか父さんたちが心配してること言っちゃだめだよ。ややこしいことになるからね」
「……はい」
「毎晩練習するんだよ?ちゃんとやってるか一週間後にテストするからね」
「……は、はい」
「ぼくたちはほんとに、千雪たちを心配してるんだからね?」
「う……、あ、ありがとうございます、ごめんなさい」
「いいんだよ、二人のためになるんだったらぼくは」
「ミオさん……」
なんてちょろいんだ。千雪はトキ兄以上にちょろいところがある。かわいいな。
さて、今晩から面白いものが見れるわけだ。
見つからないように覗き見するベストポジションを探しておかなくちゃ。
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しかし。
「ミオくん?ちーちゃんを困らせちゃだめでしょ?」
「で、でも……」
「大丈夫よ、ふたりにはふたりのペースがあるし、あのふたりは喧嘩ばかりしていてもとってもラブラブじゃない」
「けどさ……」
「ミオくん?野次馬根性はほどほどに、ね?」
脚本が恥ずかしすぎて、千雪が母さんに『照れずに読むコツはありますか?』と半泣きで相談したらしくーー翌日、ぼくは母さんにやんわり注意された。
脚本も没収されてしまった。
「ばーか、調子に乗るからだ」
すれ違いざまにトキ兄が舌を出してきた。子供かよ。
「トキ兄が素直になってくれるならぼくだってこんなことしないよ、ばーか、ヘタレ、意気地無し」
ムシャクシャしたので、ぼくはあえてトキ兄を真似てアカンベーしてやった。
ちなみに、ぼくの脚本は父さんにすごく誉められた。
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