アルバート30歳/ミリアム14歳 冬
「両親のことは覚えていないのか」
アルバートさんにそう聞かれた。
「……『いらない』と、言われたことだけは覚えています」
少し迷ってから、わたしは答えた。
両親のことは、ほんとうに、ふしぎなほど覚えていない。
唯一の記憶が、そのひとことだった。
祖母のことは少しだけ覚えている。名前の刺繍をしたハンカチをくれたのは、祖母だった。
やさしい人だった。だけど死んでしまった、のだと思う。
アルバートさんと出会う前の記憶は、ほんとうにわずかしかない。
「……」
アルバートさんは、複雑そうな表情で、わたしの頭をやさしくなでた。
くすぐったくて、あったかくて、少し胸がくるしくなる。
「だけどそのおかげで、アルバートさんに会えました」
そう言うと、今度はあきらかに痛そうな顔をしたアルバートさん。
そんな顔しないでください、アルバートさん。
わたしを売るために拾ったこと、いまだに後ろめたく思っているのは知っています。
だけど、アルバートさん。そんなこと、思わなくたっていいんです。
だって――
「ひとりぼっちになったさいしょの日、孤児院に勤めているっていう若い男のひとが、わたしに声をかけてくれたんです」
あのときは、まだ雨は降っていなくて――だけど寒くて、わたしは震えていた。
やさしそうな人だった。
あったかいおうちがある、と。そこがきみの帰る場所だ、と、その人は言った。
「だけどなぜだか、わたしはその人にうそをついていたんです。ことばが話せなかったから身振り手振りで、おかあさんがもうすぐ迎えにくるから、って」
それを信じた男のひとは、よかったと笑って去って行った。
「すぐに後悔しました。次の日から、もっと寒くなって。――だけどそのときのわたしは、男のひとについていきたくなかったんです」
このひとについていっても、ひとりぼっちなんじゃないかと思った。
本当はそんなことなんてなかったのかもしれない。だけど、そのときはなぜか、そう思ったのだった。
「たぶん、あのひとは、正義感や義務感みたいな、そういうきもちで……わたしを拾ってくれようとしたから、だと思います」
正義感も義務感も、たいせつなもの。そうやって助けてくれようとする人がいることは、うれしかった。
だけど。
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