アルバート30歳/ミリアム14歳 冬
今までの恋愛は、楽しいかどうかが重要なことだった。そして多少の不安やもどかしさも、楽しさのうちだった。
それが恋愛だと思っていた。
だが本当は、そんなものではなかった。
楽しくなんてない。
不安は『多少』なんてものではなくて、もどかしさは胸を掻きむしりたくなるくらい切羽詰まったもの。
『恋をすると胸が苦しくなる』――よく聞くフレーズは、笑い飛ばせるようなものではなかったのだと、この歳になって今更思い知っている。
それでも、求める。
楽しくなんかないのに――どうしようもなく、求めている。
苦しみも、痛みも。
ミリアムがくれるもの全てを、だ。
「アルバートさん、やっぱりアルバートさんの作ってくれるごはんがいちばんおいしいです!」
「ミリアムも上手くなったよ。この間のシチューはうまかった」
「ほんとですかっ、ありがとうございます!――ふふっ、すごくうれしいです。アルバートさんにほめてもらえた」
「相変わらず大袈裟だな」
「そんなことないですっ」
ミリアムの瞳はひたすらこちらに向いていて、それはこの上なく幸せなことだ。
だが、その瞳に宿る感情がどんなものなのか――俺の感情をぶつけても、それでも今と同じ瞳で見つめてくれるのか、それを知りたくて堪らない。
そんな切実で情けない心の内を、ミリアムに悟られないように平然を装っている今の自分。
いつその仮面が剥がれ落ちてしまうのかと恐れ――いっそその方がいいのだろうかなどと考えもする。
ミリアムに優しくしたいという思いと、めちゃくちゃにしてしまいたいという欲望。
汚してはいけないと躊躇う心と、泣かせたくないと願う心、軽蔑されたくないと自分を守ろうとする心。
それすらも忘れてしまうくらいに、ミリアムの全てを欲する、『心』のもっと奥にある――本能のようなもの。
全てが混ざり合い絡みついて、身動きがとれない。
「そんなに喜ぶんなら、毎日でも褒めてやるよ」
「だめです、あまやかしちゃ!おいしいごはんが作れたときだけにしてくださいっ!」
「料理のことだけじゃない。例えば――」
言葉を止めて、ミリアムをじっと見つめる。
「………っ、?」
戸惑うような表情を見せてから、ミリアムは頬を染めて俯いた。
少し前までは、考えられなかった反応。
近頃たまにこういう顔をするようになったミリアムに、何かを期待してしまっている自分は、愚かなのだろうか。
期待は崩れ落ちれば無残なものだとわかっているのに、それでも期待をしたくてわざと試すように、ミリアムを揺さぶる。
それは間違いなく、愚かな行為だと思う。
「朝出かけるときからはねてた前髪が個性的だ、とかな」
「!?えっっ!?はねっ…!?」
慌てて前髪を触るミリアムの、子供っぽい仕草や表情に、なんとなく安心して俺は笑う。
ミリアムに何を望んでいるのか、たまにわからなくなってしまいそうだ。
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