アルバート32歳/ミリアム16歳 春
「ええっ!?アルバートお前、まだお嬢ちゃんに手出してないの!?」
『おごるから飲もう』とロニーに誘われ、久しぶりにやってきた酒場。
すでにできあがっているロニーが、馬鹿でかい声を出した。
「黙れ!声がでかい!」
「だってお前…………正気か?」
俺の額に手を当てるロニー。
俺はその手を振り払った。
「俺を何だと思ってるんだ、お前は」
「いや、だってさあ、お前の恋愛遍歴からしたら、ほら」
「何年前の話だよ」
俺は苦々しい気持ちでロニーから目を逸らした。
確かに、ミリアムと出逢うまでの俺は、女たちと『軽い』付き合いをしていたと思う。
商売女の誘いに乗ったのは一度や二度ではないし、恋愛に求めるものはまず『楽しさ』だった。同じような考えの女とはうまくいったし、そうではない女はすぐに離れていった。
「そりゃあお嬢ちゃんの年齢とか、あのとんでもない純粋さとか考えたらさ、わからないでもないけど……恋人同士が何をするかぐらい、あの子もわかってるだろ?わかんないならお前が教えてやればいいわけだし」
「……」
「一生離す気がないんなら、躊躇うこともないと思うんだけどなあ」
「……離す気がないから、逃げられたくないんだよ」
俺が小さく呟くと、ロニーは変な顔をした。
「お嬢ちゃんがどういう反応すんのかは想像つかないけどさ、お前から逃げることは絶対にないだろ」
「……それに、汚したくない。汚すのが俺の手でも」
ロニーは、今度は完全な呆れ顔になった。
「お前さ、『恋人』って何だと思ってんの?」
「……?」
「欲望をぶつけろなんて言ってないけど……汚すって、お前自分を害虫か何かとでも思ってんのかよ」
「いや、害虫とまでは」
「お嬢ちゃんはそんなことで汚れたりしない。だからそれを気にするのはお嬢ちゃんに失礼だ」
「……失礼、か」
「怖がらせたくないとか、そんな理由ならまだしも、汚したくないってお前、馬鹿だぞ?」
「でも、」
「まあどうせアルバートのことだ、俺が何言ったっていざお嬢ちゃんを抱くって時にも後ろめたい気持ちになるんだろうさ。それでもな、それを言い訳にはするなよって俺は言いたいんだよ」
大分酔いが回っているらしい。ロニーは酔うとあからさまに説教くさくなる。
しかしその言葉に俺は少なからず動揺した。
「……結局俺は、自分を守りたいだけか」
「そうだな。まあ、だからってこんだけ我慢してんだし、今更急ぐこともないだろうけど」
「どっちだよ」
「ん?なんだ?今すぐ帰りたくなったか?いいぜ?帰って好きなようにしても」
ロニーはニヤニヤしなから俺の肩をドンドンと叩いた。
「馬鹿か」
面倒だ、という意味では帰ってしまいたかったが、俺はグラスに手をのばす。
「……でも泣かせるのは、怖いな」
小さく呟いた言葉は、ロニーには聞こえなかったようだ。
本当に、楽しさとは対極にあるこの感情を、どうすればいいのか、ずっとわからないでいる。
想いが重なった幸せと同じくらいに、大きくなる戸惑いや不安。
たぶんどこかで『俺でいいのか』と思ってしまっているのだろう。
だけど離すことができない。そうすれば、いつか我慢にも限界が来る。
――そこで、俺では駄目だと気付いてしまったら?
それでも、離せなかったら?
『アルバートさんになら、何をされてもいいんです』
何年も前のミリアムの言葉に、縋り付きたい自分がいて、それがとんでもなく情けなかった。
酔い潰れて眠ってしまったロニーの隣で、俺は何杯飲み干しても、酔えなかった。
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