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故郷の日本から遠く離れた、遠い国にあるこの町で、私は一人で暮らしている。
夢を追ってこの国に来てかなり経つが、それなりにうまくやれていると思う。
友人もできたし、毎日が充実している。
特に大きな悩みもなく、今のこの生活は『幸せ』だと言えた。
ある休日の朝。
楽しそうな鳥の声で目を覚まし、窓を開けるととてもいい天気だったので、私は散歩に出かけることにした。
日本にいるときは散歩なんて思いつきもしなかったな、と思いながら、ワンピースに袖を通す。
都会に住んでいたから自然も少なかったし、散歩をするような時間の余裕もなかった。
この町は、「生きている」という実感をもらえる、とても心地よい場所だ。
玄関のドアを開けると、朝のすがすがしい空気を感じた。
目を閉じて、大きく息を吸い込む。
今日もいい日になりそうだ。
ふと、近くで軽快なベルの音が聞こえた。
目を開けると、大きな鞄を肩にかけ、紺色の帽子と服に身をつつんだ青年が、赤い自転車に乗って走っている。
「郵便屋さん…?」
自転車で移動している配達人は、こちらに来てから初めて見た。
このあたりは一軒一軒が離れているせいか、皆バイクを使うのだ。
なんとなく新鮮な気持ちで眺めていると、青年は、私の家の前で自転車を停めた。
ふだんはメールや電話のやりとりで済んでしまうから、私に手紙が来たのかと思うと、少し意外だった。
青年は、自転車から降り、帽子をとってにこやかに挨拶する。
「おはようございます。清川早苗さんのお宅はこちらですか?」
こちらの力が抜けるような、のん気そうな声だった。
にこにこしているのだが、どこかつかみどころがない雰囲気だ。
「やさ男」という単語が私の頭をよぎった。
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