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私が意識を手放しかけたその時。
カランコロン、とかわいらしい音が鳴って、店の扉が開いた。
顔を上げると、男が立っていた。
白いシャツ、黒いエプロンに黒いズボン。
そして黒い髪の、年齢不詳の男。
モノトーンの男、ということばが、朦朧とする私の頭に浮かんだ。
『モノトーンの男』は、穏やかな目で私を見下ろして、静かに言った。
「魚、食べる?」
喫茶店なのに、魚。
もしかして、私はこの人の目に、捨て猫か何かとして映ってるんじゃないだろうか、と思った。
人って、お腹が空きすぎると猫になるのかな。
働かない頭で支離滅裂なことを考える。
行き倒れている私を見るこの男の反応があまりにも普通で、平然としていたから、私の方が驚いていたかもしれない。
だけど、彼の発した『魚』という単語に、私は久しぶりに『空腹』という感覚を思い出した。
「はい…食べます…」
うつろな目で彼を見上げて、私はそう答えた。
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