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「うさぎさん……!?」
なつかしい声がしてふりむくと、なつかしい王子さまが、こちらを見て立ちつくしていた。
どうしてわかったんだろう。
わたしがうさぎさんだって。
王子さまが、こちらへかけてくる。
きらきらした人たちは、王子さまを見て、まゆをひそめた。
「お嫁さんに、なりに来てくれたんだね?」
わたしの右手をとって、王子さまはうれしそうに笑った。
「王子、何をおっしゃっているのですか!」
「今からまさにこちらの姫と結婚の誓いをなさるところではありませんか!」
「このような汚い小娘に、なにを血迷っておいでなのか」
王子さまは、そんな家来たちのことばを無視した。
「うさぎさんが人間だったら、って言ったよね?お嫁さんに、なってくれる?」
ちょうどそのとき、真夜中をつげるお城の鐘が、大きな音で鳴った。
―――間に合った。
わたしはずっと、人間のまま。
王子さまのことも、忘れない。
だけど、王子さまがわたしをみて笑ったあのしゅんかん、わたしはきづいてしまった。
つたえたいことに。
「いいえ、王子さま。わたしはあなたのお嫁さんにはなれません」
王子さまは、目をまるくした。
「わたしが人間になってここへ来たのは、王子さまにわかってほしいことがあったから」
「……なに?」
王子さまは、わたしのしんけんな目にきづいて、声をひくくした。
「王子さまのわらった顔は、わたしをたのしいきもちにしてくれました。王子さまのやさしいことばは、わたしをうれしくしてくれました。王子さまの手のあったかさは、わたしにしらないきもちをおしえてくれました」
しん、としずまりかえった大広間に、ききなれない自分の声がひびいている。
「わたしがうさぎだからじゃない。人間になっても、ほら、こんなにもおぼえています。――だから、だれもぼくを好きにならないなんて言わないで。きっと、王子さまはだれかの大好きなひとになれます。そして、そのひとを、大好きになって」
つながれたままの手を、ちいさくにぎりかえす。
「みんなが、こんなにすてきな王子さまのことをしらないのなら、いまここでわたしがおしえてあげます。王子さまは、きっとみんなにしあわせをはこんでくれるひとだわ。ほんとうの王子さまのこと、ちゃんと見て」
まわりのきらきらした人たちに、勇気をふりしぼってさけぶ。
きらきらした人たちは、わけがわからない、という顔でだまっている。
かまわず、わたしはまた王子さまを見あげた。
「だから、ここでさよならなの、王子さま。わたしはうさぎです。王子さまは、王子さまと同じひとたちと、幸せになって」
ぼうぜんとしている王子さまの手をほどくのは、かんたんだった。
わたしは、王子さまにくるりと背をむけて、また走りだした。
今きたばかりのトンネルに。
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