短編そのた | ナノ


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魔女さんがもたせてくれた懐中時計は、びっくりするくらいはやくすすんでいる気がした。


ちがう、ほんとうはただ、わたしがうまく走れないだけ。

足にちからをこめても、地面をけるだけで、とべない。

くるくるとひたすら足をうごかしていると、もつれて何度もたおれてしまった。


きれいなドレスはもう、どろだらけだ。

うさぎでいたときのほうが、よっぽどきれいだった。

いまのわたしは、うすよごれたただの女の子。


それでも、

『うさぎさんが人間だったら、僕はうさぎさんをお嫁さんにするのに』

そのことばがほんとうなのか、しりたい。

それに、つたえたい。たくさんのことを王子さまにつたえたい。

それがなんなのか、はっきりとはわからないけれど、とにかく、会いたい。


走って、走って、たくさん走る。

息がきれても、やすまない。


街明かりで、星がどんどん、きえていくような気がした。

星がない空は、すこしこわい。



「ついた……!」

わたしは、肩で息をしながら、おおきなお城をみあげる。

ここが王子さまのくらす家。

もうすぐ会える。


だけど、お城のまわりには、たくさんの男のひとたちが立っていた。

「王子さまに会いにきたんです」

そう言っても「庶民の小娘が何を」と笑われただけで、お城に入れてもらえなかった。


どうしよう。

「そうだ」

王子さまがおしえてくれた、ひみつのぬけ道。

白い花がさいている、ちいさな茂みから、細くて暗いトンネルがのびていると言っていた。

「あった」――お城からすこしはなれたところに、たしかに茂みがあって、トンネルのいりぐちがあった。

星のない夜より、もっとくらい。

こわい。

だけど、走らなくちゃ。もう時間がない。

くらい、ほそい、こわいトンネルを、目をつぶって走る。

はやく。はやく。


―――いきなりかべにぶつかって、わたしはぱちりと目をあけた。

ちいさなドアがついている。


おそるおそるひらくと、そこはあろうことか、お城の大広間だった。

『ここでダンスをするのが大嫌いなんだ』と、王子さまが言っていた部屋のつくりとおなじだから、まちがいない。


たくさんのきらきらした人たちが、いきなりあらわれたわたしに目をまるくしている。

「王子さま…」

つぶやいてきょろきょろとまわりをみまわすと、きらきらした人たちの顔が、こわくなった。

「だれだ、この汚い娘は」
「城に勝手に入るなど」
「結婚式が台なしだわ」

大広間がざわざわして、門のところにいた男のひとたちとにたようなひとたちが、わたしをとりかこんだ。



そのとき。


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