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一度、清香に告白しようとしたことがある。
清香ではない女の子と付き合って、やることをやって、あっさり別れて、結局のところ俺には清香以外に興味はないのだと思い知った。
それなら、はっきりと気持ちを伝えた方がいい。
『話がある』と清香にメールをした。
清香も察したのだろうと思った。『今、うちにいるからおいでよ』と返事が来た。
清香の両親はまだ仕事に出ている時間だ。
幼い頃からそうしているように、鍵がかかっていない玄関を開けてチャイムも鳴らさず上がり込み、階段を昇る。
清香の父が木を削り形を整え、清香の母が『kiyoka』と書いたプレート。見慣れたそれが掛かっているドアを、ノックする。
『……どしたの、清香』
ドアを開けた清香は、何故かエプロンをしていた。
部屋に入ると、何だかよくわからない甘い匂いがする。よく見ると、床にレジャーシートが敷かれており、皿にもられたスナック菓子がいくつも置いてあるのだ。
真ん中の皿に、クッキー……らしきもの。
よくわからない匂いの正体はこれらしい。
『作って持っていくつもりだったんだけどね、まーくんが来るって言うから早く作らないとって慌てちゃって……失敗しちゃったんだ』
照れ笑いをしながら、清香は俺を部屋に招き入れる。
『悲しいときは、おいしいもの食べないとね!クッキーは失敗しちゃったけど、たくさんお菓子あるから食べてね!』
『……なんで?』
告白するつもりだった俺は、拍子抜けすると同時に状況が飲み込めず、目を白黒させた。
『だって、まーくん、その……まだ引きずってるんでしょう?……若林さんのこと』
言いにくそうに、清香が目を逸らす。
若林というのは、先月まで付き合っていた元彼女のことだ。あちらから別れを切り出してきたのは間違いないが。
『…………あー…………』
納得がいった。と同時に脱力した。
つまり清香は、若林に振られた俺が彼女をあきらめきれず悩んでいると、それを慰めようと思って、こんな用意をしてくれたわけだ。
『や、そうじゃないんだけど……あー、もういいや』
『え?』
『せっかくだから食ってく。話はたいしたことじゃないから今度にするわ』
『あ、あれ?違うの?私、てっきり……』
今度は大きな目を見開いて、俺を見つめる。困惑して、慌てているのがわかった。
清香らしい、と微笑んで、レジャーシートに座り込む。
結局、他愛もない話をして、菓子を平らげてから、肝心なことは何も言わずに部屋を後にした。
失敗したクッキーは、初めて食べる衝撃的な味だった。それでも全部食べた。
――あの時、清香の勘違いを利用して告白しておけばよかったのだ。
清香とは、若林の話を一度もしたことがなかった。『引きずっている』という誤解はとけただろうが、最低だと思われても全て話して、告白すればよかった。
今頃後悔しても、どうにもならない。
それにあの時の清香は、もういない。
「宮下さん、はやく、……」
「……きよちゃん、いつの間にそんなせっかちになっちゃったの?」
「だって、はやく……」
「そんな目で見ないで、きよちゃん」
それでも、清香がやっぱり欲しい。
ただ。
宮下のものだということが、
宮下が清香を変えたことが、
受け入れられない。
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