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「どうして……」
インターホンで俺の姿を見たはずなのに、清香はドアを開けた。
入って、と呟いて背を向けた。
笑顔だった。
部屋には、ほとんど何もなかった。
「早くこっちにおいでよ」
201号室の押し入れと接している寝室へ、俺を招き入れる清香。
今夜までこの部屋で過ごすのだから、当然布団が敷いてあった。
ベッドは運ばれていったのか、処分したのか。
「清香、なんで、」
「まーくん、私のこと好きなんでしょう?」
十年以上の想いを一言であっさりと、清香が言い放つ。
「私も好きだったよ」
なんの感傷もない、カラッとした声音で。
「だけど今は、ううん、これからもずっと宮下さんが好き」
わかっていたのに、口をついた。
「清香、お前、騙されて、」
「まーくんに何がわかるの?」
鋭い声と視線に、封じられる。
「まーくん、私がこんな女になっちゃったってショック受けてるでしょ?変わったと思ってるでしょ?宮下さんのせいだって思ってるんでしょ?」
その通りだった。
「知らなかっただけだよ」
清香は布団に腰を下ろした。
「知ろうとしなかっただけだよ」
真っ直ぐな瞳で、棒立ちの俺を見上げる。
「まーくんは私を、おとなしいけどお人好しで、実はすごくドジで、なんだかずれててほっとけない、って思ってるよね」
『幼なじみ』、『初恋の相手』。
さっきと同じだ。安っぽい、価値のないものに聞こえる。
「そうだよ。私はドジだしずれてるし、まーくんにたくさん助けてもらった。お人好しって、母さんにも言われるし、目立つタイプじゃないし。――だけどね、今の私も、ずっといたよ」
まーくんと一緒にいたときから、まーくんのこと好きだったときから、と清香が言う。
「まーくんを平気で傷つけるような、男の人によく見られたいって思うような、似合わなくてもこんな服を着たいって思ってるような、そんな私をまーくんは見ようとしてなかったから、知らないだけだよ」
見せなくなかったけど、と清香が言う。
まーくんも見たくなかったんだよね、と清香が言う。
感情が追いつかないまま、口を開く。
「それを宮下は見てくれて……そういうところも、」
「そんな言葉に嵌め込まないで」
喋るたびに、いかに自分が的はずれな言葉を発しているのか実感するしかない。
「私と宮下さんを、まーくんが語らないで」
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