短編そのた | ナノ


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「描けなくなることを、心配していたんだ」

「うん、知っていたよ」

「だが、もっとたちが悪かった」

「海老原は、そう言うと思っていたよ」


深水は、同じ言葉を繰り返した。



「もうずっと前から――きっとこれからも、千種しか描けないけれどね」



それでも、それだけならまだ、よかった。


「俺はもう、お前に価値を見いだせない」


「海老原は、そう言うと思っていたよ」



お前は何故、こんなくだらないものを身体に取り込んでしまったのか。



恋などという、ありふれたものを。



そして何故、こんなくだらない毒に侵された絵が、こんなにも美しいのだ。



多くの人間はこう言うだろう。

『それは、恋という感情が美しいからだ』と。

だが、恋などという感情は、凡庸な大衆のものではないのか。

巷にはラブソングが、恋愛ドラマが小説が、溢れている。


そんなものに、深水は成り下がったのだ。


それなのに、何故――――



わけがわからない。

だが、『わけ』など知りたくない。



「今までありがとう」

「それはこちらの台詞だ。千種の迎えを済ませたら、引き払う」



深水は穏やかな表情を崩さなかったが、悲しんでいることはわかっていた。

だが止めても無駄だと――俺が深水に感じているのと同じに、諦めているのだ。



千種が自殺を図った時に、全ては決まってしまったのだから。


これから、深水は千種に触れるのだろう。そして、描き続けるのだろう。

それは両立し得ないことだった。


だが、千種がその堤防を壊した。せき止められていたあらゆるものを、壊したのだ。


もう後戻りはできないと、深水は知っている。

そして『その先』へ、俺を連れて行けないことも、とっくに知っていた。




そんな風に、俺は、深水のことを全て理解している。

だから。


知らない深水がいることに我慢ができず、明日、逃げるのだ。





「もしもし、社長。山内さん、今担当持ってませんでしたよね。――深水の担当を引き継げますか。――はい。――明日から。――ありがとうございます、よろしくお願いします」


父親は、理由も訊かなかった。

めちゃくちゃな会社だ。だが、それが通る会社だったからこそ、今まで自由にやってこれたのだ。


私物は多くない。

さっそく俺は、荷づくりを始めた。




深水は、夜通しアトリエに籠ったままだった。



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