短編そのた | ナノ


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深水に抱かれる女の声を聴きながら、女を抱くことが、趣味だ。



盗聴器を私的に利用していることは後ろめたいが、だからせめて寝室の盗聴器は自費で取り付けた。


『あっ……』

「ああっ……!」

右耳と左耳、それぞれが拾う声が重なり、満足と興奮を覚えた。


深水が抱くのは、俺が用意した女。

そのとき俺はいつも、その月に雇った家庭教師の女を抱く。


『ああっ……私、もう……っ』

「海老原さ、」


あちらの女の声が完全に余裕を失った。

そこに俺の名前を被せてきたこちらの女の口を、片手で塞いだ。


「こらえて、声」


身体を震わせながら必死で声を抑えようとする目の前の女を眺めながら、深水によって絶頂を与えられる女の声を聴いた。

どちらかだけでは足りないのだ。


「……もう我慢しなくていい」

「海老原さ……あっ……!」


両耳で女たちの矯声を味わいながら、俺自身の昂りも頂点へと近づいていった。





――千種が来てから、深水が女を求めたのは初めてだった。


千種は14歳になった。

彼女を描いた絵は、最初の二枚、それから一年かけて描き上げた一枚。そして今、深水は次の一枚を描き始めている。


深水が初めて一年かけて描いた絵は、桁違いだった。絵の素晴らしさを言葉ではどうやっても表せないことが歯痒い。

ただ、俺は初めてその絵を見たとに、ゾッとした。

技術面など客観視できる部分でも圧倒的な仕上がりで、さらに見る者の心を揺さぶる魅力もこれまでの比ではなかった。

だが、そういう意味ではなく――いや、それほどの完成度だからこそかもしれないが――俺は、ゾッとしたのだ。

何を思って深水はこれを描いたのか。深水の千種への何らかの感情がそこに込められている――その淵を覗き込んでしまったようで、ゾッとしたのだ。



次を描き始めた深水を、僅かに恐ろしく思っていた。

完成すれば俺はまた、あんなものを見なくてはならないのか、と。



そんな折、深水から声を掛けられたのだった。

『海老原、明日、寝室に女を寄越してくれないかな』


深水が自らそんなことを言うのは初めてだったし、比較的丁寧な言葉を使う深水が『女性』ではなく『女』と表現したから、俺は少し驚いた。


『どうした?スランプか?それとも千種に飽きたか?』

だからつい、無粋な質問を投げかけていた。


『千種のことは関係ないよ、……いや、あるのかな?でも、千種で足りないから女を抱きたいんじゃない。ただ、よくわからないから、なんでもいいからとにかく女を抱きたいんだ』


歯切れが悪く、そして投げやりな答えが返ってきた。

深水にとって不必要な物理的な欲望を、発散させるために女をあてがっていた。

今、深水は何を発散させたいのだろう。本人にすらわからないようでは、俺にはわかるはずもなかった。


『絵のために必要なことなら、すぐに用意しよう』

『ありがとう』


俺自身は、毎月の家庭教師を他所に連れ出して好きにさせてもらっていたが、やはり物足りなかった。

だからはじめは単純に、喜んだ。


今月の家庭教師を呼び出した。明日、うまく千種を部屋に籠らせて、俺の部屋へ来るようにと。

約束した同じ時刻に、別の女を電話で呼び出した。

深水に心酔している女はいくらでもいた。たとえ一度きりでも抱かれたいと願う女は。さらに大金を払ってやるのだから尚更だ。


 
しかし、ふと、不安が過った。

千種で足りないのではなく――千種の代わりにしたいのではないか、と。


14歳の千種は相変わらず幼さが消えず、客観的に見ても欲情する対象にはなり得ない。

だが、深水にとってはどうだ?

そして深水の『モデル』は、『女』であってはいけない。


『……そんな俗っぽい感情を、深水が抱くはずはないな。くだらない』

ひとりごちて、不安を振り払った。







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