短編そのた | ナノ


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『しかし、その……大丈夫なんでしょうね?娘を、深水先生のところへやっても』

『大丈夫、というと?』

いつも、親からは同じようなことを聞かれる。

『あの方には、あまり良くない噂があるでしょう?そんな人の屋敷に一ヶ月も……娘が、傷物にされたりは……』

だからいつも俺は、なんでもないことのように笑って答える。

『そのようなご心配をなさる必要は全くございませんよ。深水はこれまでモデルに指一本触れたことはございませんし、そのように私が管理しておりますから』

『管理……』

『不快に思われたのでしたら申し訳ありません。しかし、大事なお嬢さんをお預かりするのに万が一にも間違いがあってはいけませんから。敢えてそのように表現しました』

『そうですか……』

『基本的に、お嬢さんのお世話をする女性の使用人を雇い、その女性に常に付き添わせます。家庭教師も女性ですし』

大抵の親は、このあたりで納得する。この会話に至るまでに、俺は彼らの信用を得ているのだから。

しかし稀に、それでも懐疑的な目を向けてくる親もいる。


『しかし……深水先生も男でしょう。いくら管理といっても、』

『もしも、少々下世話な話をお許しいただけるのでしたら、』

俺はそう切り出す。

『私は深水のそういったことも含めて、管理しているのです。具体的に申し上げると――定期的に、女性をあてがっている』

『女性、を』

『もちろん成人女性です。仰るとおり、深水も男です。気持ちの面では、絵が恋人であり欲望を満たすすべですが、身体はそうもいかない。それが創作の妨げになってはいけませんから、捌け口を与えてやるのです』


深水が『捌け口』を求めるタイミングは、見ていればわかる。そのときに適した女の『種類』も。

深水にとってそれは『邪魔なもの』で、だからこそ、それを取り払うことも俺の仕事なのだ。


『芸術に関わる人間というのは……貴方も含め、恐ろしいところがありますね』

『だからこそ、あのような作品が生まれます。お嬢さんが深水の手で描かれることは、得難い幸運でしょう。――ああ、ちなみに私は年上の女性が好みですのでご安心を。むしろ奥様と二人きりにさせない方がいい』

冗談めかして話をまとめる。結局、金を手にした上に娘が深水の作品になる、という話はあまりにも魅力的なのだ。



そうして借りてきた少女たちに、深水は必ず満足した。

終日少女と二人きりで、アトリエに閉じ籠る。俺はそれを、邪魔しない。深水が絵を描くところを見られるのは、仕上げの段階になってからだ。


だから本当は『モデルに指一本触れたことがない』かどうかなど、俺は知らない。

だが、少女の親たちが心配するようなことは起こっていないと断言できる。

深水はモデルに触れることなど、望んでもいないとわかるからだ。触れることは穢すこと。絵画の『もと』を穢すなど、考えたこともないだろう。


さらに言えば、各部屋に設置した盗聴器で、深水の行動は俺に筒抜けなのだ。

本人は知らないだろう。いや、なんとなく感づいていても気にしていないのかもしれない。

深水は、俺の『管理』に全幅の信頼を置いている。


『絵を描くこと以外は全部、海老原に任せておけばいいから助かるよ』

『あんたは自分の世話も自分でできない人間だからな』



そんな深水が唯一、俺の『管理』を外れるのが、週一回の散歩である。もちろん携帯電話を持たせてはいるが、基本的にその時間だけは放任している。

敢えて俺も同行しない。いざとなればGPSで居場所はわかる。


深水はいつも、何をするでもなく、外の景色をぼんやり眺めて、満足すると帰ってくる。

元来穏やかなこの男は、特に問題を起こしたこともなかった。




「海老原、この子、養女にしたから」



――――今日この時までは。




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