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「の、のえる!すぐ角を抜いて助けてやるから何かそいつに話し掛けて時間を稼ぐんだ!」
「キヨシ!う、うん、わかった!」
壁に縫いとめられたトナカイと縛られた少女では内緒話ができるはずもなく、作戦はバレバレであった。
「あ、あなたあたしを待ち伏せてたみたいだった!どうしてあたしがここに来るって知ってたの!?」
バレバレだが馬鹿正直に、少女は男に話し掛ける。
もっとも少女の頭には恐怖と疑問符しかない。言葉は自然と出てきた。
「俺は知っている。毎年、わずかな人間のところにだけ本物のサンタクロースが来ることを」
男も馬鹿正直に答えた。
『サンタクロースはいない』
大人は皆知っている『真実』。
しかし、サンタクロースが架空の存在であると、世界に『暴かれる』ことはない。
もちろんそれは、子どもの夢を守る大人たちの優しさゆえだが、それだけではないのだ。
『本当にサンタクロースは存在する』
真実の奥に隠された『事実』を、知る者たちがいるからである。
その数は、ほんのわずかではあるが。
「……そう。昔はサンタクロースがたくさんいた。だから世界中の人が『サンタクロースはいる』って知っていた。だけどサンタクロースの血を引く者はどんどん減って、今は数人しかいない。だから『サンタクロース』は『お父さんの仕事』になったの」
「だけど、サンタクロースってのはまだ
、いなくなったわけじゃねえ。一人でも生きてる限りは子どもにプレゼントを贈りたいし、サンタクロースを信じていてほしい」
少女とトナカイは交互に説明をした。
「だからあたしたちは、毎年少しずつ、子どもたちにプレゼントを配ってる。全員には無理だから、少しずつ」
男は腕を組んで頷いた。
「そして、サンタクロースが配達をする地域には法則性がある。俺はそのルートを突き止めた。そして今年はこの地域だとわかった」
少女はあんぐりと口を開けた。
「そ、そんなことまで調べたなんて……どうしてあなた、」
そこで少女はふと思いついたように言葉を止めた。
「そういえば、あなた、名前は?」
「加藤」
男は短く答える。
「加藤さんはどうして、あたしを捕まえようと思ったの?」
「さっきから言っているだろう。お前を手籠めにするためだ」
「だから、それは何で?」
「許せないからだ。それもさっき言っただろう。いたいけな子どもたちの心を惑わし誘惑したお前に制裁を加えるためだ」
「何言ってるの!誘惑なんてしてないわ!」
身に覚えのない批判に、当然少女は反論した。
「そうだ!だいたいのえるはまだガキンチョだぞ!だれが惑わされるってんだ!アホか!」
トナカイも串刺しのまま加勢する。
しかし、男はそれを鼻で笑った。
「何がガキンチョだ。サンタクロースが若作りなのは調べがついている。そんな成りをしてこの女は立派な三十路だろう」
「みそ……っ、サンタクロースは寿命が長いから、外見が年を取るのも遅くて!だからあたしはサンタクロースの国ではまだほんとに子どもなんだから!」
「そんなことはこちらには関係ない。こちらの世界ではお前はただの若作りの三十路だ」
「ひどい!」
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