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その喉から、唇から、生まれるもの全てが、俺を掻き乱す。
「頼むから声を聞かせてくれ」
命令はいつしか、懇願に変わった。
苦痛でも与えない限り、彼女は唇を引き結んだまま、何の反応も示さない。
だからたびたび、彼女を痛めつけた。
壊れないように、加減しながら。
声にならないまま『痛み』を訴える女を眺め、俺は気分を高揚させた。
表情を変えない彼女の瞳には、恐怖と憐れみが宿るようになった。
【貴方は、生きることに何も期待していないんですね】
【絶望したくて私の声を求めているなんて】
歌ってくれと縋り付き、拒絶され、床に崩れるように座り込んだ俺に、彼女は寄り添った。
微かに身体が震えているのは、恐れのせいか。
なのに何故か、ここのところ彼女は、うかつなくらいに俺にたやすく近寄ってくる。
近寄れば痛めつけられるとわかっているはずなのに。
【私は父を失って絶望しました。死にたいと願うくらいに。いまだに絶望しています。嘘だったらいいと願うくらいに】
彼女がゆっくりと文字を綴る。
何を言いたいのかと、俺はじっとそれを見つめた。
【だからこれ以上、絶望することはありません】
彼女は、先程までよりも僅かに乱れた文字で、
【貴方の為に歌うことはできないけれど、それ以外なら、私を好きなように扱えばいい】
【歌う他に価値のない私に、歌う他にできることが、もしもあるのなら】
――どうやら俺は、絶望し、生きることを諦めた、飼い殺しの女に、同情されているらしかった。
彼女は俺を救いたいとは一切思っていないのだろう。
ただ『はけ口になる』と言っているのだ。
絶望し、生きることを諦めた、飼い殺しの女だからこそ、言えること。
「できること、か」
声以外に価値のない、ただの美しい女。
金で買った、俺の『所有物』。
金の髪を一房、指に絡める。
強く引っ張ると、彼女は肩を竦めて唇を噛んだ。
声は、出さない。
もっと、という欲望が身体中を支配する。
「ああ、そうか。女を買ったなら、することなんてひとつだ」
滑らかな絨毯に、鳴かない女の身体を乱暴に押し付けた。
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