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「金づるの所有物を愛してはいけないという法律はないだろう」
【否定はしないんですね】
所有物で金づるだということを、だろうか。
「してほしかったのか?」
【いいえ】
答えとともに、彼女は首を振った。
相変わらずわけのわからない女だ。
俺はおかしなことは言っていないはずだが。
「だいたいそんな話をしているんじゃないんだよ。愛されたいなら愛してやるから、愛せばいい。俺を愛して歌えばいい」
何となく苛立って軽くまくし立てるように言葉をぶつけると、セーラは――初めて、微かに、本当に微かに、笑った。
【めちゃくちゃなことを言うひとですね、貴方は】
何故ここで、笑うのか。
めちゃくちゃなのはお前だ、と思った。
【貴方には私を愛することはできませんし、私も今のところ貴方を愛することはありません。それに私は愛されたいと願ったことはありませんから】
しかし、すぐに元の無表情に戻ると、彼女はノートにすらすらと文章を書く。
【父は、願うまでもなく愛してくれました】
彼女の言葉は、理解はできるが、ぴんとこなかった。
願うまでもなく愛される、とは――
考えようとして、俺はすぐに諦めた。
「幸せ、というものをお前は知ってるんだろうな」
【だから今、こうして声を出せずにいるのだと思います】
彼女の答えに、一層苛立ちが募り、俺は足早に部屋を立ち去った。
【――貴方は、知らないの?】
目の端に捉えた文字は、錯覚だっただろうか。
****
【貴方は、何のお仕事をなさっているんですか?】
いつものようにセーラの部屋へ行くと、既に用意していたらしい質問を、彼女がこちらに見せてきた。
「社長」
『何の仕事』の答えにはなっていない気がするが、面倒だったのでそう答えた。
【だからお金持ちなんですね。でも、この屋敷には使用人の方が一人しかいらっしゃらない】
「めずらしく興味を示すじゃないか」
【少し、不思議だったので】
「仕事で嫌というほど他人と関わっているからな、私的な空間には余計なものは置きたくない。あのじいさんは黙ってよく働くから助かってるよ」
唯一の使用人は、口が堅く、主に意見することもなく、主の生活を邪魔することもない、空気のような男だった。
【こんな大きい屋敷を全て、あの方が?】
使用人の監視付きで、たまにセーラをこの部屋から出すことがあった。
敷地から出ない限り、屋敷内を自由に歩き回らせてやる。
「週に三回、出かけている間にハウスクリーニングの業者を入れている」
その間セーラは絶対に部屋から出さないようにしていたから、彼女がそれを知らないのは当然である。
セーラは納得したように頷いた。
そんなことを知って何の得になるというのだろうか。俺に興味があるわけでもあるまいし。
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