短編そのた | ナノ


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「人買いのような真似をすると軽蔑してるんだろうな?」


事実、人買いだ。それ以外の何でもない。

彼女の意思など一切問うこともなく、まさに『物を買う』ように『持ち帰って』きたのだ。

そして、やたらと飾り立てた部屋を与え、そこから一歩も外に出していない。


既に、一週間が経とうとしていた。


何度『歌え』と命令しても、彼女は同じ答えを繰り返すだけだ。


【軽蔑はしていません。不思議に思っているだけです】


白いワンピースが床に広がっている。

セーラはノートをゆっくりと差し出す。


「不思議?何が」


【貴方がそこまですることが。私にその価値があるとは思えません】


「お前にはないさ、価値なんか。ただ可愛らしいだけのお人形さんには興味がない。俺が欲しいのは歌う人形だ。俺のためだけに歌う、人形」


【私では、貴方の望むものにはなれません】


「何度も聞いたさ。だが覚悟しろよ。そのうち力ずくでも声を出させるからな」


しばらく考える様子を見せてから、セーラはゆるゆると首を振った。


「何だ」


【声は、出ないと思います】


「声帯に異常はないはずだが」



――と、何も映していない彼女の瞳から、涙がひとつ、静かに零れた。


一瞬。

幻聴が、耳を過ぎる。

いつかの歌声。



【私は父の為だけに歌っていました】


かたく閉ざした唇から、やはり声は聞こえない。


【歌えば父が喜ぶから。歌えば父と暮らす糧を得られるから】

【父を愛していたから】


セーラは、ノートに丁寧な字で文章を書き加えていった。


【私はきっと、愛する誰かの為にしか歌えない。そういう生き物なんです】


流れた涙はそのままに、彼女は俺を見つめた。

どんな感情がそこに込められているのか、察することはできない。

悲しみなのか、怒りなのか、拒絶なのか、それとも何も感じてなどいないのか。


【だから貴方の為には歌えません。この声は、父のものだったのですから】


歌姫の声は、父親のもの。

とんでもないものを手に入れたままで、父親は天国へ行ってしまった。



それを受け入れたわけではない。

だが、自然と溜息が落ちた。


そして。


「……ジェイク」


ぼそりと呟くと、彼女は首を傾げた。


【貴方の名前ですか?】

「そうだ」

【何故いきなり?】

「名前を知らないと不便だからだ」

【ここには貴方と私しか居ないのだから、問題はないのでは?】

「そうかもな」


セーラに背を向け、俺は彼女を閉じ込めた部屋を後にした。


「一応、覚えておけ」



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