▼
「人買いのような真似をすると軽蔑してるんだろうな?」
事実、人買いだ。それ以外の何でもない。
彼女の意思など一切問うこともなく、まさに『物を買う』ように『持ち帰って』きたのだ。
そして、やたらと飾り立てた部屋を与え、そこから一歩も外に出していない。
既に、一週間が経とうとしていた。
何度『歌え』と命令しても、彼女は同じ答えを繰り返すだけだ。
【軽蔑はしていません。不思議に思っているだけです】
白いワンピースが床に広がっている。
セーラはノートをゆっくりと差し出す。
「不思議?何が」
【貴方がそこまですることが。私にその価値があるとは思えません】
「お前にはないさ、価値なんか。ただ可愛らしいだけのお人形さんには興味がない。俺が欲しいのは歌う人形だ。俺のためだけに歌う、人形」
【私では、貴方の望むものにはなれません】
「何度も聞いたさ。だが覚悟しろよ。そのうち力ずくでも声を出させるからな」
しばらく考える様子を見せてから、セーラはゆるゆると首を振った。
「何だ」
【声は、出ないと思います】
「声帯に異常はないはずだが」
――と、何も映していない彼女の瞳から、涙がひとつ、静かに零れた。
一瞬。
幻聴が、耳を過ぎる。
いつかの歌声。
【私は父の為だけに歌っていました】
かたく閉ざした唇から、やはり声は聞こえない。
【歌えば父が喜ぶから。歌えば父と暮らす糧を得られるから】
【父を愛していたから】
セーラは、ノートに丁寧な字で文章を書き加えていった。
【私はきっと、愛する誰かの為にしか歌えない。そういう生き物なんです】
流れた涙はそのままに、彼女は俺を見つめた。
どんな感情がそこに込められているのか、察することはできない。
悲しみなのか、怒りなのか、拒絶なのか、それとも何も感じてなどいないのか。
【だから貴方の為には歌えません。この声は、父のものだったのですから】
歌姫の声は、父親のもの。
とんでもないものを手に入れたままで、父親は天国へ行ってしまった。
それを受け入れたわけではない。
だが、自然と溜息が落ちた。
そして。
「……ジェイク」
ぼそりと呟くと、彼女は首を傾げた。
【貴方の名前ですか?】
「そうだ」
【何故いきなり?】
「名前を知らないと不便だからだ」
【ここには貴方と私しか居ないのだから、問題はないのでは?】
「そうかもな」
セーラに背を向け、俺は彼女を閉じ込めた部屋を後にした。
「一応、覚えておけ」
****
prev / next
(2/14)