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『カズマが思ってるよりは頑丈だよ』
そうであってほしいのか、ほしくないのか。
そんなことを考えてしまうのは、愚かで弱い証拠だ。
「俺は、物語の皇帝とは違います」
「そうだろうね」
かの皇帝と違うのは、自覚があること。
妻がいなくなれば、国ひとつ滅ぼしてしまいかねないほどに、自分は危ういと。
何事も起こっていないというのに。
自覚している事実に、失う妄想に、その恐怖に――時折飲み込まれてしまいそうなほどに、愚かで弱い。
どちらがましだろうか。
皇帝と、俺と。
「大丈夫。カズマはまだ、何も失ってなんかいないから」
失ったことのある父は言う。
今日の物語が『出来の悪い昔話』であることを、柄にもなく俺は願った。
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それから、白髪の吟遊詩人と会うことは二度となかった。
噂も聞かない。
今も彼女は、生きているのだろうか。
皇帝を殺した鎖は、妃を縛り付けたままなのだろうか。
だとしたら、俺は何があっても、かの皇帝になるわけにはいかないのだった。
end
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(8/9)