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しかし、と俺は呟いた。
「国へ戻ったとして、伝令の言ったことが真実だったならば遠からず国は滅ぶことになっていた。寿命が少し延びただけのことだろう」
「だが、真実ではなかったかもしれない」
老婆はそう言ってから、再び歩き出した。
難しい顔をしている妻の前を、通り過ぎる。
「例えば――最愛の夫を失えば生きていけないと言った女は、その死を知っても強かに生きている。生きて生きて、生きすぎている。こんなエピローグはどうだい?やはり出来が悪いかい」
物語へと姿を変えるほどに遠い昔のできごと。当時を知る者はこの世にはいない。
――だが、ふと思う。この白髪の吟遊詩人は一体、どれくらいの時を生きているのだろうかと。
「強かなのではなく、死にたくても死ねないのかもしれない。皇帝を想うあまり」
「なんだい、王子様もなかなか出来の悪いことを言うじゃないか。それならむしろ死んだ皇帝を追い掛けるだろう?」
「生きていれば夫が帰ってくるかもしれないと。生きて帰ってくるかもしれないと。叶うはずもない願いが鎖になって妃をこの世に繋いでいる――という方がそれらしく聞こえそうだと思っただけだ」
いつになく多弁になっていると自覚する。むきになっているのだろうか。何に対してだ。
「鎖という表現は気に入ったが、それは男の独りよがりじゃあないかい?」
ふふん、と老婆は鼻を鳴らす。
「その鎖は、皇帝を絞め殺したものだったのかもしれないよ」
笑みを浮かべた老婆の皺だらけの顔面とは対照的に、その歯列は不気味なほどに整っていた。
と。
「ナツメさんは、カティーナさんが自分を責めていると、思っているんですか?」
不意に隣の妻が、言葉を発した。
問い掛けの意味が、理由が、俺にはわからない。
だが、老婆は妻にちらりと視線を投げた後、すぐに背を向け、言った。
「私は語るだけだ。好き勝手に解釈をするのはお妃様、あんたたちの役目だよ」
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