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皇帝不在の軍隊は、呆気ないほど簡単に壊滅した。
敵兵が押し入った部屋にいたのは、皇帝の抜け殻だった。
捕らえられた皇帝は直ぐに首をはねられ、あれほどに栄華を誇っていた帝国は半年も保たずに滅亡した。
広大な領土を巡り、いくつかの国が小競り合いを繰り返し、平和は失われた。
この皇帝は、妃に溺れ国を滅ぼした愚かな統治者として、後世に名を残すこととなった。
あまりにも愚かで滑稽で、語り継がれることのなかった物語。
いや、物語を語り継ぐものが誰一人生き残っていなかったからかもしれない。
強くて弱い男の最期は、とうの昔に忘れ去られた――そう、ただの物語だ。
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「……出来の悪い昔話だ」
言い捨てると、父が小さく笑った。
隣では妻が、不安げにこちらを見ている。
俺が、この皇帝を自分に重ねているとでも言いたいのだろうか。
――馬鹿馬鹿しい、とは言えなかった。
「まあ出来が悪いのは認めるよ。この話を披露したのは初めてだ。自慢じゃないがいつもはもう少し面白い話をやっているよ」
確かに、物語を乗せた歌声は見事なもので、演奏も美しかった。父が気に入ったのも頷ける。
だが少し、悪意があるのではないか。
父がわざわざ息子のことを赤の他人に吹いて回るとは思えないが。
「強い皇帝は、愚かだと思ったかね?」
「そうだな。少なくとも俺は、自分の目で見たものしか信じない。妃が死んだと聞いただけでそれを真実だとは思わないだろう」
老婆は、くつくつと笑った。
先程までの歌声とは別人のようだ。
「そう。皇帝は、国へ戻ればよかったのさ」
老婆はゆっくりと、円を描くように広間を歩き回る。
「死んでなど、いなかったかもしれないのに。伝令の謀りでなかったとどうして言える。生きていたかもしれないのに、待ち続けていたかもしれないのにね」
そして俺の前で立ち止まると、顔を歪めた。
「愚かな皇帝だよ。そして愚かな夫。愚かな男だ」
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