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友好国の危機に、援軍を送ることが決定した。
敵の士気を削ぐためにと出陣を請われ、皇帝は了承した。妃の父親の頼みであった。
「ジェール様、あぶないことはなさらないでくださいね?」
「戦争というのは危険なものだぞ」
「わかっています。だけどきっと、貴方を失ったらわたくしは生きていけないから」
「知っている。だから私は死なない。心配せずに待っていろ」
「……ええ、きっと、無事に帰ってきて」
戦に赴くたびに、妻は夫の身を案じた。
その夜、妃は初めて、自ら皇帝にくちづけを贈り、皇帝はそれでは足りぬとばかりに愛する妃の唇を貪った。
触れるたびに小さな声を漏らす妻の名を、夫は何度も何度も呼び続けた。
震える彼女を、安心させるように。
一月後、皇帝は苦戦していた。
過去にないほどに。とは言え、過去に経験したことがない事態が皇帝の自信を挫くものではない。冷静さも奪うことはない。
ただ少し、敵を甘く見ていたようだと反省し、帝国に増兵を命じた。
しかし、軍隊の前に皇帝の元へ駆けてきたのは、急を報せる早馬であった。
「皇妃様が、身罷られました」
一房の金の髪が、ともに届けられた。
「…………何故だ」
「高熱が七日間続き、そのまま意識を取り戻されることはなかったと」
その場に崩れ落ちた皇帝を、兵たちは深い悲しみと驚きをもって、ただ見つめた。
「嘘を言うな」
「ご遺体は私も拝見致しました。嘘など申してはおりません」
金の髪が、床に散らばった。
「陛下、すぐに宮廷にお戻りに……」
「しかし今陛下が去られては、こちらの士気に関わる」
「それを言うなら皇妃様のこともだ。ここにいる者以外には伏せておき、戦いを終わらせることだけに集中させなければ」
皆が皇帝の指示を待った。
決めるのは、皇帝を置いて他にいない。
だが。
「下がれ」
「は……?」
「誰も、私に近付くな」
虚ろな瞳で呟く皇帝に、逆らうことのできる者はいなかった。
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