▼ 吟遊詩人と昔話
珍しいことに、父が客人を連れて来た。
「吟遊詩人、っていうのかな?こないだ出掛けた先で意気投合してね、ぜひカズマとリンさんにも聴いてもらおうと思ってね」
吟遊詩人と聞いてイメージする姿とは違い、ナツメと名乗ったその老婆は、白いローブに身を包み、ハープを手にしていた。
「海のむこうの遠い遠い国の、昔話を聞かせてくれるよ」
音楽や物語を好む妻は目を輝かせていたが、俺は正直そういったものにはあまり興味がない。
眠ってしまわないよう気をつけていなければ、などと考えがら俺はワインに口をつけた。
「お若い王子様、あんたは自分を強いと思っているかもしれないね。――いや、国を率いていく立場だ。そうでなくちゃいけない」
いきなり水を向けられ、眉を潜める。
やけに無礼な口のきき方をする老婆だ。だが、そういう演出ならばケチをつけるのもナンセンスかもしれない。
しかし何と答えるべきなのか、そもそも質問であったのか判じかねて、俺は口を開けなかった。
「そんな風に自分は強いと、疑うことさえなかった一人の皇帝の哀れな末路を、今夜は語ることにしようか」
腰の曲がった白髪の吟遊詩人は、指先で楽器を軽やかに弾いた。
「たった一人の愛する女を失った、『強い男』の末路を――――」
二口目のワインは、やけに苦い味がした。
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