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考えてみれば、全ての騒動の発端は、この魔法使いが突然現れて私にドレスを着せたからにほかならない。
「……まさか、全てあなたが仕組んで」
「そんなことをして何の得があるというんだ」
「魔法の実験台にするつもりで……」
「意外と想像力の逞しい女だな」
呆れた声でそんなことを言われる筋合いはないと思うのだが。
「ただ単に、お前はあのドレスが似合うと思ったから着せてみたかっただけだ」
魔法使いは、不思議なことを言った。
「似合うと思った、って……出会ったあの一瞬で?」
「いや、お前のことは一方的に知っていた。魔法使いだからな」
「はあ」
「大好物のカボチャの買い出しに出掛けたときにな、お前が俺の狙っていたカボチャを先に取った」
「……はあ」
「怒りのあまり後を尾けた」
「魔法でも何でもないんですね」
「そこでかったるそうにカボチャを料理するお前を見ていてな、ああ、この女には青いドレスが似合うだろうなと思った」
「…………はい?」
「いきなりドレスを着てくれと言っても警戒されるだけだろうと考えて舞踏会に連れ出すことにした」
「つまり私のドレス姿を見たいがためにこんなことを?」
「そうなるな」
「…………」
何だろう、私は今、それなりに衝撃的なことを言われたように思うのだが。
いや、しかし魔法使いはけろりとしているしそれ以上特に話すこともないようだ。
人生で一度も好意を寄せられたことのなかった私が一晩で三人もの人間から求婚されたのだ。感覚がおかしくなって、そんな気がしただけだろう。
勘違いをするところだった。あぶないあぶない。
「それにしてもお前は本当に、次から次へと騒動を引き起こす才能があるな」
「はい?原因は全部あなたじゃありませんか」
「王子にぶつかったせいで求婚された。中庭で無防備に休んでいたせいで家族に目撃された。ガラスの靴を投げ付けたせいで王子が追い掛けてきた」
「……不可抗力でしょう」
だが確かに、引き金を引いたのは魔法使いかもしれないが、継姉たちのことといい、私自身が呪われているのかもしれない。
「見張っているのもなかなか大変だった」
「お城にいたんですか?なら助けてくれても……」
「これでも助けていたつもりだ。お前は逃げ足が速すぎだ。すぐ見失う」
「はあ……」
助けられた心当たりがない私は曖昧な返事をする。
「これからは俺の目の届かない場所にやるつもりはないから安心しろ」
「は、はあ……」
おかしい、やはりこの魔法使いは私が妙な気分になることばかりを言う。
「その代わりカボチャ料理は毎日作れ。たまにはドレスを着ろ」
「いや、あの……はい?」
「弟子の仕事だ」
「あなた本当に魔法使いですか」
「当たり前だ」
魔法使いはそう言って杖を振り、昨夜と同じカボチャの馬車に私を押し込んだ。
「全く、何故こんなことになったんだか」
「それは心の底から私の台詞なんですが」
王子様とお城に帰らなかった。
ガラスの靴は割れてしまった。
魔法使いに強奪されたシンデレラの物語は、まだまだ続きがあるらしい。
だから私は、馬車に揺られて未来へ進む。
もしかすると今に、解けない魔法をかけられてしまうのかもしれない。そんな予感を――ひたすら面倒だと嘆きながら。
end
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