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こうなったら――記憶力があやしいという王子に、賭けるしかない。
私は、煤で顔を真っ黒にしてから、押し入れの扉を勢いよく開けた。
「申し訳ございません、王子様!このとおり私はあまりにもみすぼらしく、王子様の御前に立つことすら憚られ、こうして隠れておりました!この姿をご覧いただければ、私がお探しの姫ではないとおわかりいただけるかと思います!」
どん、と胸を叩いて宣言する。
化粧や髪型で女は変わるのだ。ボンクラ王子に見破れるわけがない。
「おお、いたぞ!我が婚約者どの!!!!」
み、見破られた――――!!!!
「い、いえ……ですから人違い、」
「その冷たい瞳、間違いない!私の姫君だ!」
「人違いです!」
「さあ城へ行こう!結婚式だ!」
「人違いです!」
助けを求めるように継母を振り返ると、ハッと我に返った彼女は、こぶしを強く握った。
「お待ちください王子様!この娘は舞踏会には行っておりません。本人が申し上げているとおり、人違いでございます!」
「そ、そうです!シンデレラは昨晩ずっと家で家事をしていましたの!」
「絶対に人違いでございます!」
継姉たちも加勢してくれた。
自分たちを差し置いて私が妃になるなど言語道断だろう。必死さが伝わってくる。素晴らしい。
「舞踏会に、来て、いないのか……」
さすがの王子も自信がなくなってきたらしく、難しい顔で私の顔をじっと見つめてくる。
朝見ても眩しい。目が潰れそうだ。
「はい、私は舞踏会には興味な……いえ、舞踏会に行けるドレスなど持っておりませんし作法も知りませんから行ったところで門前払いが関の山です」
「し、しかし……」
あと一押しだ。
何か決定的なことを言えば、きっと――
「殿下、今こそ例のものの出番では?」
ずっと黙っていた老人が、木箱を王子に差し出しながら言った。
ちなみに声からしてこの老人が女性愛好家とやらのようだ。普通のじじいである。
「おお、そうだな!そなたはやはり素晴らしいな!」
「滅相もごさいません、殿下」
王子の顔が再び輝き出してしまった。
嫌な予感がする。
この箱の中身は、まさか。
「ではシンデレラ姫、このガラスの靴を履いていただこう!」
――やっぱり。
「嫌です」
「何故だ!」
「冷たそう」
「我慢してくれたまえ!」
「嫌です」
「すぐ済むから!」
「嫌です」
昨夜私がぶん投げたガラスのハイヒールを、王子がぐいぐいと私に押し付けてくる。
「こんな靴は見たことがないからな、間違いなく特注だろう!つまり靴と足ががぴったり合えば間違いなくきみは私の運命の姫君だ!」
「夜は足がむくみますし、サイズも変わるかと」
「細かいことは気にするな!」
じりじりと後ずさると、背後から従者の老人に肩を掴まれた。
「自分から履くのに抵抗があるのでしたら、私が無理矢理履かせてさしあげましょうか。シンデレラどのはそういうプレイがお好みと見える。お付き合い致しましょう」
「いろいろと言いたいことはありますがとりあえず眼球を取り替えてきてください、この変態」
「口ではそうおっしゃっているが身体は正直ですな」
「その台詞が言いたかっただけなのが見え見えですが」
「大丈夫、痛くしませんから」
「いい加減にしてください」
このじじい、意外と力が強い。私の足を持ち上げて、本当に無理矢理靴を履かせようとしてくる。
「くっ……離し……っ」
「心配なさらずとも、すぐに快感に変わりますよ」
「こ、の……っ!」
万事休す、だ。
王子がわくわく顔で見守っているのが腹立たしいが、それに文句を言う余裕すらない。
誰か、助けてほしい――――
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