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暗闇に紛れ、なんとか中庭に避難することができた。
「酷い目に遭った……」
ベンチに身体を預け、大きく息を吐く。
「帰ろう。少し休んだらすぐに帰ろう」
足は棒のようだが、こんなところにいては身がもたない。
幸い、私には魔法がかかっている。解けてしまえば、普段のみすぼらしい私と同一人物だとわかる人はいないはずだ。捜し当てることは不可能だろう。
と、その時。
「あなたまさか、シンデレラ?」
聞き慣れた粘っこい声に、振り返ると。
「……イエ、ヒトチガイデスガ?」
やはり、見慣れた姿がみっつ、並んでいた。
言うまでもなく、継母と継姉たちである。
こんなところにのこのこやってきたとばれてしまっては、何を言われるか――そして何をさせられるかわかったものではない。
「いいえ、あたしの目はごまかせないわよ。シンデレラでしょう?」
上の継姉がつかつかとこちらに近寄ってくる。
「マサカ、ワタシハシンデレラナンテナマエデハ……」
「姉さんにわかることがわたくしにわからないはずないでしょう。わたくしも断言するわ、あなたがシンデレラだって」
下の継姉も、迫ってきた。
「タニンノソラニトイウヤツデハ……?」
じりじりと後ずさっていると、壁際まで追い詰められてしまった。
「あなたたち、よく考えたらあの貧相なシンデレラがこんなに着飾れるあてはないでしょう?やっぱり人違いじゃないの?」
「お母様にはわからないわよ、これはシンデレラだわ」
「そうよ、間違いないわ」
「イエ、アノ、オカアサマノイウトオリデハ……?」
まずい。
万事休すとはまさにこのことだ。
経緯を説明――したところで信じてもらえないだろうし、そもそも面倒だ。かといって『舞踏会に行ってみたくてつい☆』なんて言ってみたところで烈火の如く怒られるに違いない。
さらに言えば、継姉たちを差し置いて王子に求婚されたとばれては一大事だ。
まずい。頭が考えることを拒絶している。
気が遠くなってきた。
――と。
「ご婦人方、パンプキンプリンはいかがですか」
給仕係らしき声がして、三人が振り返った。
今がチャンスだ。
私は素早くガラスのハイヒールを脱ぐと、裸足で駆け出した。
ガラスのハイヒールは足音がうるさいからだ。
「あっ!シンデレラがいない!」
「なんてこと!逃がしたわ!」
「本日のご来賓名簿の中にシンデレラ様とおっしゃる方はいらっしゃいませんでしたが」
「……そう?」
「おかしいわね」
継姉二人と給仕係の会話を微かに聞きながら、私は再び難を逃れた。
助かった。
「今すぐ帰ろう。絶対に帰ろう」
目立たないようにホールを抜け、足早に廊下を進み、赤い絨毯の敷かれた階段を駆け降りる。
散々な夜だ。
あの魔法使い、次に会ったら許さない。
だが今は、とにかく一刻も早く家に戻り、掃除と洗濯の続きをして、ベッドに潜り込みたかった。
――が、しかし。
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