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しかし、どうして、こうなってしまったのだろうか。
「舞踏会に行きたいんだろう?」
「はい?」
「行きたいんだな」
「いや、はい?」
「そうか、行きたいか」
どこから入ってきたのか、黒いトンガリ帽子に黒いマントを身につけ、やたら長い杖を持った、ジト目の若い男が、窓拭きをしている私の背後に立っていた。
そして、このやりとりである。
誰だ。
こんな表情の乏しい知人に心当たりはない。
(私も他人のことは言えないが)
そしてこんな人の話を聞かない男とは関わりたくはない。いや、そもそもどうやって家に入った。まずはそこからだ。
「俺は魔法使いだ。鍵を破ることはたやすい」
「ええ〜……?」
「で、舞踏会に行くんだろう?」
「いや、行かないですけど」
「そうか、ドレスは用意してある」
「いや、行かないって」
「目を閉じろ」
「いや、行かな、」
私の言うことは一切聞かず、魔法使いと名乗った男は片手で私の両目を塞いだ。
シャラシャラと、鈴の鳴るような音が響いた後、魔法使いの手が離れた。
「できたぞ。――やはり、似合うな」
「……うわ、重い」
自分自身を見下ろすと、無意味にひらひらした青いスカート。
そして、足元を飾るのは、ガラスのハイヒール。
「あの、頼んでないので戻してもらえます?」
それを聞いた魔法使いは、眉を潜めた。
「先程までのみすぼらしいワンピースとエプロン姿にか?」
「着心地は悪くないので。軽いし」
「しかしそれでは舞踏会に行けないだろう」
「そもそも舞踏会行きたくないですし」
片手を振ると、魔法使いはカッと目を見開いた。
そして、息がかかるすれすれまで私に近付く。
「行け」
「は……」
「舞踏、会に、行、け」
無駄に美形なせいで、妙な迫力がある。
だがしかし。
「嫌です」
面倒なものは面倒だ。
「……強情な女だな」
「あなたこそ何で舞踏会に行かせたがるんですか」
「お前が行きたいだろうと思ったからだ」
「行きたくないと言っているんですが。だいたい面識もないのに何でそんなことを」
「魔法使いをなめるな」
「いや、別になめては」
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