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「……そんな目で見るな」
顔を背けたところで、効果はなかった。
「なまえよんで、ぎゅってしてください」
「……」
俺の膝に両手を置いて、こちらを見上げる彼女の方を、どうしても振り返ってしまう。
「なまえよんで、ぎゅってして、すきっていって」
「……」
これはどういう拷問だ。
『すきっていって』だと?
ふざけるな。
俺をどうしたいんだ、こいつは。
「なんでそんなこわいかおするんですか?」
「……」
「かずまさま、わたしのこと、きらいですか?」
「そんなわけあるか」
「だったら、してください」
「……」
俺の思考は、間違いなく一時停止した。
目の前のこいつは一体誰だ。
いや、妻だ。わかっている。何回確認するつもりだ。
熱に浮かされたような表情で俺を見上げる彼女から――逃げられないと悟った。
ゆっくりと、彼女の頬をてのひらで包み込む。
もう片方の手で、腰を引き寄せた。
「……リン」
「はい、かずまさま」
「………好、」
「あ、も、申し訳ありません」
最悪のタイミングで、マリカがドアを開いた。
マリカは水の入ったグラスを片手に不自然に目を逸らす。
「待て違う。これはこいつがしつこいから仕方なく、」
「しつこい……しかたなく……」
「泣くな、違う。今のは、」
とっさに口をついた言い訳に、涙目になった妻の肩を、慌てて掴む。
「あの、カズマ殿下。お二人はご夫婦なんですから、そんな言い訳なさらなくても……」
「黙れ。さっさと水を出せ」
「申し訳ありません。どうぞ」
マリカは半笑いでこちらにグラスを手渡した。
無礼な女官だ。
俺は、グラスを妻の目の前に差し出す。
「飲め」
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