短編そのた | ナノ


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何が『じゃあ』なのかさっぱりわからなかったが、潤んだ瞳でそんなことをねだられて、突き放せるわけがなかった。


妻の方を向き、小さな身体をいつもより少しだけ強く抱きしめる。


彼女は躊躇いもなく、俺の背中に腕を回した。


「かずまさま」

「何だ」

「かずまさま、だいすき」

「わかったから……もうよせ」

「どうしてですか?」


腕の中できょとんとしてこちらを見上げる妻に、どう答えればいいのか迷う。


『どうして』だと。言わせる気か。そんなのは――



「カズマ、照れてるんだよねっ?」


楽しげな声に、甘ったるい空気が一瞬で霧散した。


「父上……何をしに」

「え?見学」

「ふざけるのはやめてください」

「今いちばんふざけてるのはリンさんだと思うけど」

「誰がこいつをこんなにしたと」

「ごめんって!こんなに面白……人格変わるとは思わなくて。あのね、リンさんを正気に戻すいい方法思いついたんだけど、聞く?」


父はそれを言いに来たようだった。

ろくでもない予感しかしないが、一応尋ねる。


「……どのような」

「もう一口か二口飲ませる」

「ますますおかしくなるのでは」

「いや、気絶するんじゃないかなって」

「そんな危険な真似はさせられません」


即答すると、父は顎の下に手を当てた。


「ん〜、だめか〜。じゃあまた出直してくるよ、ごゆっくり」


それだけ言ってあっさりと部屋を出て行く。



「何だったんだ」


しかし、さっきの質問の答えをうやむやにできたことは有り難かった。父が答えたようなものだったが。



ため息をついていると、くい、と上着の裾を引っ張られた。

「かずまさま、かずまさま」

「……何だ」

「なまえ、よんでください」

「……誰の」

「わたしの」

「……何故」

「よんでほしいからです」

「……何のために」

「わたしがうれしくなるためです」


こちらをひたすらに見つめる瞳とその笑顔が――とにかくまずい。


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