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「……」
「かずまさま、あったかいですー」
「それはさっき聞いた」
「そうでした、えへへ」
誰だお前は。
いや、間違いなく俺の妻だ。
違う、嫌なわけじゃない。
ただ、この状況をどうすればいい。
「あの、殿下……?私からすればとても楽しい光景なんですけれど、リンさまを正気に戻してさしあげた方が、よろしいので……?」
途方に暮れた俺に助け舟を出すように、マリカが怖ず怖ずと口を開いた。
「ああ。そのためにお前を呼んだんだ。どうすればいい」
「とりあえず、お水、持って参りましょうか?」
「そうしてくれ」
マリカは、一つ礼をすると部屋を出て行った。
そして俺は、酔っ払った妻と二人きりになってしまった。
「かずまさまあ」
「何だ」
「だいすきです」
俺の肩に頬擦りをしながら、妻は甘い声を出す。
「……お前、」
「だいすき」
腕にしがみつく彼女の手に、ますます力がこもった。
「……おい。キスするぞ」
見下ろして、脅すように言ってやる。
しかし、
「してください」
「……待て。落ち着け」
顔がひきつる。
何だこれは。
「してくれないんですか?」
「いつも嫌がるくせに何を」
拗ねたように唇をとがらせる彼女の仕種は、まるでねだっているようで、俺は思わず目を逸らした。
「いやじゃないです。ほんとはもっとくっつきたいし、もっとすきっていわれたいし、いいたいんです」
「……言われたいのか」
「はい。だってかずまさま、めったにいってくれない」
しがみついたまま、悲しそうに俯く。
そもそもあっさりと『はい』などと答えることが、普段ではありえない。
「そんなに軽々しく言うようなことじゃない」
「じゃあぎゅってしてください」
「……さっきも聞いた」
「しってます。ぎゅってしてください」
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