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「かずまさまっ!」
「……!?」
妻が勢いよくこちらに飛び付いてきたと思うと、彼女の細い腕がぎゅっと巻き付けられた。
いつも、他人の前で近づくと怒るのは彼女の方だというのに、今、彼女は多数の賓客の前で俺に思いきり抱き着いている。
俺は思わず全身の動きを止めた。
「かずまさま、あったかいですー」
えへへ、と相好を崩してこちらを見上げる彼女。もちろん腕はしっかりと回されたままだ。
「……おい、待て。これは何だ」
我ながら間抜けな問いだとは自覚していたが、状況に頭が全く着いていかない。
そして、わけがわからないというのに、心臓のリズムが僅かに乱れる。無理もないことだ。俺に平気でいろと言うのか、この状況で。
「かずまさまがだいすきだから、くっつきたいんです」
呂律の回らない口でそう言って、俺の服に頬を擦り寄せる妻。
猫か。
「待て、お前、人格が変わってるぞ」
「かずまさまも、ぎゅーってしてください」
「……待て……お前……」
こちらを見上げる瞳から目も離せず、俺が硬直していると、周りの王族たちがざわざわと騒ぎ始めた。
「噂に聞くより仲睦まじいようだなあ」
「お妃様は恥ずかしがり屋だと聞いていたが、積極的な方なんだな」
「見せつけてくれますねえ」
「いやあ楽しそうで何より」
――まずい。
このままではこいつが正気に戻った時、発狂してしまう事態になりかねない。いや、既になっている。
「……マリカ、着いて来い」
「は、はい殿下!」
俺は、何とか妻を引きはがすと、彼女の手を掴んだ。
早足で歩きながら、ニヤニヤと笑う父にちらりと視線を向ける。
「わざとですね」
「えっ?なにが?」
「……話は後で」
会場を出た俺は、ひとまず部屋に戻ることにした。
俺の手を握り着いて来る妻は、上目遣いでこちらを見上げている。
「かずまさま、なんでおこってるんですか?」
「……怒ってない」
「だって、かおがこわい」
「……生まれつきだ」
「そっかー、ふふっ」
「……」
妻の言動が全く掴めない。酔っているのだから当然か。
しかし、近い。
いや、構わないが。
部屋のドアを開けてソファに腰掛けると、ぴたりと密着するくらいの距離で妻が隣に座った。
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