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今日の晩餐会は、堅苦しいものではないが、近隣国の王族が勢揃いしている。
そのせいか、妻はいつもよりも幾分、緊張気味だった。
「初めてお会いする方もたくさんいます……」
「かたくなるほどの相手じゃない」
「カズマ様、それって失礼なんじゃ……」
適度な距離を保って隣に立つ妻は、今日も質素なドレスを来ている。だからと言って彼女の魅力が損なわれているわけではなかった。
誰から挨拶をして回ろうかと、二人で思案していると、父がグラスを二つ持って現れた。
「リンさん、ほらほらリラックス!あまいものでも飲んで」
「あ、ありがとうございます」
父は片方のグラスを妻の手に押し付けた。
「お待ち下さい父上。それは酒では」
「まさか!違うよー、お酒はこっち。カズマの分ね、はい」
もう片方のグラスを俺に手渡した父は、何故か楽しそうにニコニコと笑っている。
何か企んでいるのではないか――嫌な予感が胸を過ぎった。
しかしその予感を敢えて振り払い、ひとまずグラスに口をつける。
すると。
「――酒じゃない」
甘ったるいジュースの味に、俺は顔をしかめた。
片方は酒で片方はジュースだと父は言った。
それはつまり。
「わあ、きれいな色ですね。いただきます」
「……!待て、飲むな!」
慌てて妻の方へ手を伸ばしたが、既に遅かった。
「えっ?カズマさ……」
グラスの中身を一口飲んだ妻は、俺の顔を見てきょとんとしたと思うと、次の瞬間。
「きゃあああ!リンさま!」
ふらりと妻の身体が傾き、女官の悲鳴が会場に響いた。
「……っ」
慌てて彼女の身体を支え、零れる寸前のグラスも受け止める。
それを一口飲むと――やはり、酒だった。
「おい、平気か?」
ぐったりしている妻の顔を覗き込む。
と。
顔を上げた彼女は、一口しか飲んでいないというのに頬を真っ赤に染め、俺の目をじっと見た。
「……おい」
そして、まばたきを三回。
「大丈夫か、リン」
明らかにいつもとは違う動作に、俺が顔を歪めた瞬間。
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