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「その絵本、何か嫌なことでも書いてあったんですか?」
妻がこちらに手を伸ばす。
「顔色、悪いですよ……?」
遠慮がちに頬に触れた小さな手は、あたたかかった。
「いや。ただ、つまらなかっただけだ」
彼女の手に自分の手を重ねる。
自由な手。
青空の下がよく似合う、ひだまりの笑顔。
それを壊すのは、きっと簡単だ。
俺がそれを心から望めば、彼女は涙を浮かべながらも笑って従うのだろう。
俺の手で壊さなくても、望むだけで自ら壊れてしまう。
守らなければ、と強く思う。
あらゆるものから。
俺自身からも。
「リン」
名前を呼べば嬉しそうに首を傾げる妻に、俺は小さくキスを落とした。
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木陰に置き忘れた絵本は、いつの間にかなくなっていた。
結局、あの絵本にはどんな物語が描かれていたのかを、俺は知ることができなかったのだった。
end
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