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「北の国の姫は、お忍びでしょっちゅう都の図書館巡りをしているらしいって聞いて、俺は興味を持った。それで、調査に行くことにしたんだ」
「えっ!なんで知っ…」
さっきとは違う意味で動揺する日夏に、俺はふっと笑いかける。
「そしたら本当に、一国の姫が黒い犬だけ連れて街を歩いてるんだ。驚いたよ」
もしや何か任務でも帯びているのではと、俺は日夏の後を追ったのだった。
「そのとき、日夏が抱えていた本から、しおりが一枚、落ちたんだ」
そのしおりは風に乗って、ちょうど俺の足元に落ちた。
だから俺は、前を歩く彼女を呼び止めたのだ。
「落としましたよって言ったら、日夏はすごく可愛い笑顔で『ありがとう』って言った。単純かもしれないけど、俺はそのとき、あっさり恋に落ちてしまったんだ」
やっと言えた。
ずっと隠してきた、本当の気持ち。
心臓がすごい速さで脈を打っている。
と、日夏は急に俯いた。
「日夏?」
「……わたしもなんです」
「え?」
「わたしも、早瀬さまが『ありがとう』って言ってくれたときから、ずっと…早瀬さまのことが好きでした」
――にわかには信じがたいことを、日夏が言った。
だから、俺は硬直したまま、何も言えない。
「結婚式の日、早瀬さまはわたしに笑って『俺の妃になってくれてありがとう』って、言ったんです。そのとき、わたしは早瀬さまに……」
日夏は本で顔を隠してしまっている。
俺は、ゆっくりと、それでいて力を込めて、本をどけた。
「日夏、ほんとに……?」
日夏は、頬を真っ赤に染めて、ひとつ頷いた。
「日夏……」
俺はきっと、今夜のことを一生忘れないんだろうと確信する。
だから俺は、日夏の手を握った。
「日夏、」
特別な言葉を、伝えたくて。
「あ
―――いしてるなんて、目が覚めていなくても、言えるわけがなかった。
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