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南の宮殿で過ごした新婚旅行は、あっという間に最終日を迎えた。
『息抜き』発言を真に受けた日夏が、「早瀬さま、わたしのことは忘れてゆっくりしてくださいね」と自室に篭ってしまったからだった。
南の宮殿には各部屋に立派な書棚があり、膨大な数の本が並んでいる。
本好きの日夏のために、と思ったのだが、逆効果だったらしい。
日夏の優しさを無下にもできず、さらには本の虫と化した日夏の邪魔をするのも躊躇われ、結局何もしないままここまで来てしまった。
だけど、このままで終われるはずがない。
俺は意を決して日夏の部屋をノックした。
「早瀬さま?どうなさったんですか?」
きょとんとする日夏がかわいくて、俺はさっと目を逸らした。
「あー…、そっちの部屋に面白い本があるって聞いたんだ。本棚見せてもらえないかなと思って…」
でたらめを言って、日夏の部屋に入り込む。王子ともあろう者が、卑怯すぎる。
「あ、それってもしかして…」
日夏は、急にぱっと顔を輝かせたかと思うと、奥の書棚に駆けて行った。
戻ってきた彼女は、一冊の本を手にしていた。
「この本のことじゃないですか?」
日夏の手の中にあるのは、天文学の本だ。
「早瀬さまの大好きな、星の本」
屈託のない笑顔をこちらに向け、日夏は言った。
「……俺が、星好きだって、知ってた、んだ…?」
まずい。これは嬉しい。
すると、日夏はまた笑った。
「早瀬さまの好きなものなんだから、もちろん知ってます。だってわたし、早瀬さまの妃なんですよ?」
……まずい。嬉しいどころじゃない。
今の言葉に、俺の中にある何かが、振り切れたのがわかった。
「それは、義務感?」
俺は声を低めて尋ねる。
一歩、日夏との距離を詰めた。
「えっ…?」
日夏が戸惑いの表情を浮かべる。
「俺の好きなものを知っててくれて、本を見て思い出してくれて。それは、妃としての、義務だから?それとも、」
日夏が一歩後ずさるから、俺はさらに一歩踏み出すことになった。
「俺は、期待してもいいの?」
「え、き、期待…って……?」
本を手に持ったままで混乱している様子の日夏を、壁際に追い詰める。
「俺は、日夏のことがずっと好きだった。だから、俺たちは今、ここにいるんだ」
「え……」
やっと、溜め込んでいた気持ちを伝えると、日夏は真っ赤になって絶句した。
「日夏は覚えてないだろうけど、北の国で初めて日夏を見てからずっと、俺は日夏と結婚したかった」
俺は、構わず畳み掛ける。
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