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そんなこんなでやっと出張を終え、俺は帰宅していた。
大変だったのか、ほとんど仕事の記憶はないけれど。
自宅前にたどり着くと、ドアの前になぜかクロが立っている。
「クロ…?どうしたんだ、めずらしいな」
声をかけると、クロはキッとこちらを睨んだ。
「クロ?」
「………ナツが連れてかれた」
「え?」
「ナツが連れてかれたっつってんだよ!この役立たずが!!!」
クロの叫びが近所中に響き渡った。
「……連れて……って、どういうことだ」
「国王のジジイがナツをメカケにするとか言っていきなり王宮に連れてったんだよ。理由が聞きたいか、クソ野郎」
「理、由……?」
「政治家の息子のくせに呑気に星なんか見てやがるテメーが気にいらねえんだとよ!だからテメーから大事なもんを奪ってやるんだと!」
吐き捨てるようにクロが言った言葉に、俺は頭がぐらりと揺れるのを感じた。
「テメーが出張なんかしてやがる間にもう全部済んじまった。婚礼の儀も。ナツはもう、国王の側室だ」
「何で止め……何で俺を呼ばなかった!!!!」
俺が叫ぶと、クロは笑った。痛そうに。
「いくら連絡しても、お前には繋げてもらえなかった。止めることも、できなかった……誰にも」
「そんな……馬鹿な………」
俺は呆然と立ち尽くした。
確かに、俺にとって一番辛いことは、日夏を奪われることだ。国王はよくわかっている。
だけど、国王はひとつだけわかっていない。
「今回の出張だってどうせ罠だったん……」
苦々しくそう言いかけて、クロの言葉が止まる。
こちらを見て、怪訝な顔をしている。
「おい、早瀬……」
「――――王宮に行く」
俺は静かに言った。
クロの顔色がさっと変わる。
「馬鹿か!殺されるぞ!!!」
「殺されたりなんかしない。日夏を取り戻す。そのためには、手段なんか選ばない」
そう、わかっていない。
日夏を奪うということは、俺をこの上なく怒らせることで―――それはつまり、国王自身の命を危うくする行為なのだということを。
俺は荷物を投げ捨て、王宮へと駆け出した。
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