▼
「まあ、夢だよな……」
朝起きてから、現在――再び夜が巡るまで、何度呟いたか知れないことを、俺はまた呟いた。
『目、つぶって』
夢の日夏の言葉を思い出して、目を閉じてみる。
当然日夏はいないこの部屋には、何の気配もない。
やっぱり夢だったのだとあらためて実感する。
「はあ……情けないな、俺」
続きが見たい――あわよくば現実にしたい、なんて願っている自分を、見て見ぬふりしていたい。
「いや、でも…」
初めてのキスを日夏にさせてしまうなんて、どう考えても男がすたる。
幼いころ、既に(ほっぺただけど)奪われてしまっている身だし。
だめだ。こんなことじゃ他の奴に日夏がとられてしまうかもしれない。
「………」
そこまで考えて、俺の心にふと不安がよぎった。
10日間。
人が恋に落ちるには十分すぎる時間だ。
俺が日夏を好きになったのだって、ほんの数分の間だったのだから。
そんなに日夏から目を離してていいんだろうか。
誰か他の奴が日夏を好きになって、日夏も――いや、それはない。日夏はそんな子じゃない。
まっすぐ俺だけを見てくれている、はずだ。
だけど、例えば無理矢理なんてこともある。
俺が思い出したのは、日夏を通して以前聞いた、凍瀧さんの話。
国王の新しい側室は、王子の好きな子だったらしい、という。
国王と王子がうまくいっていないのは周知の事実だ。半分以上は王子への嫌がらせで、その子を娶ったのだろう。
俺はただの政治家の息子だし、今はその父さんもいないし、もちろんそんな目に遭う立場じゃ全然ないけど。
もしかして俺のことを嫌いな奴がいて、そいつが俺への復讐に日夏を――
待て、俺。考えすぎだ。
復讐されるような覚えはさすがにないだろう。何て突飛な想像をしてるんだ。馬鹿だ。
日夏のことになると、頭のネジが数本緩んでしまう自覚はあった。
だけど、だいたいいつも日夏は俺のそばにいたから、彼女から離れた自分がこんなになってしまうということは知らなかった。
一度、一月離れていたことはあったけど。そのときに寝言で日夏を呼んだらしいけど。
でも、気持ちが通じ合った今だからこそ、離れていると余計に日夏を求めておかしくなってしまうんだろう。
「おとなしく寝よう」
俺は、まだ早い時間だというのにベッドにもぐりこんだ。
断じて昨日の続きが見たいわけじゃない。
今日は疲れているし、何の夢も見ない予感がした。
***
prev / next
(4/14)