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「最悪の事態を想定しなければと、俺たちはかなり緊張していました。カズマ殿下はひたすら無言で。俺はそんな空気に耐えられなくて、自分を奮い立たせたくもあって、カズマ殿下に言ったんです。」
『何かあったら、我々が命を捨ててでも殿下を守りますから』
今思えば、とても下っ端が言うことではない。
だけど俺は本当にそう思っていたし、それが兵士の仕事だと信じていた。
さらに言えば、そうしたかった。
尊敬するカズマ殿下のために、命を捨てて役立てるなら、捨てたかったのだ。
今回の任務はそういうものだと、俺は思っていた。
だけど、カズマ殿下は静かに言った。
『それは許さない』
こんな時だというのに落ち着き払った様子で、それでいて射抜くような視線で、カズマ殿下は俺を見た。
そして、いつもの雑談と変わらないようなあっさりした口調で、そこにいた者に語りかけた。
『王族は国民の盾だ。のうのうとお前らの後ろに隠れるようなことはしない』
『しかし…殿下に何かあれば国が、』
別の兵士が反論を試みる。
それはそこにいた全員の気持ちだった。
カズマ殿下はその言葉を遮るように言った。
『俺は、何かあるつもりはないが』
さらりと、当然のように。
ぽかんとする俺たちに、カズマ殿下は言葉を続ける。
『たしかに王族は国民の盾だ。だが俺はあいつを泣かすつもりはないからここで死ぬ予定はない。
だから誰も死なないために並んで戦えと言ってるんだ』
そんなことを、どうしてこんなにあっさりと言ってしまえるんだろう、と思った。
俺に『ドジを踏むなよ』と言ったときと全然変わらない温度で、こんな大きなことを。
それはつまり、カズマ殿下にとって今の言葉が『当たり前』だからなんだ、と気付く。
当たり前に、俺たちに『並んで戦え』と言ってくれる。
それは、『俺のために命を捨てろ』と言われるよりずっと、嬉しくて誇らしくて、特別だった。
俺たちが言葉を見つけられずに黙っていると、カズマ殿下はいたずらっぽく笑った。
『だいたい、今回は俺が交渉でおさめるから、お前らの出番はないぞ』
そう言い切れるのは、俺たちを信頼してくれているから。
そして、俺たちを信頼してくれるのは、カズマ殿下が強いからだ。
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(7/10)