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笑顔で立ち去ろうとするリン様を、俺はほとんど無意識に呼びとめていた。
「待っ…お待ちください!」
リン様が振り返り、首を傾げてこちらを見る。
やばい、どうしよう、と頭を回転させ、俺はとっさに籠を持ち上げた。
「あの…直接カズマ殿下に渡されたほうが、きっと喜ばれますよ」
そこまで言って、本音に気付く。
気付いたら、今度はそれが勝手に口をついていた。
「それに俺、リン様とお話したいです」
リン様は少し驚いたような顔をした後、やさしく微笑んだ。
「ありがとうございます。じゃあ、殿下が戻って来られるまで、お話させてください」
「うわあっ!はっ、はい!」
俺はなんだか心の中でガッツポーズを作りたいくらいに嬉しかった。
「立ってたら休憩できないから、座りましょうか」
「あ、ありがとうございます!あっ、何か敷くもの…」
「大丈夫です。普段着ですから」
リン様は草の上にちょこんと腰を下ろした。周りが男だらけのせいか、その仕草がすごく可愛らしい。
緩みきった顔をした俺を、先輩が軽く小突く。
「おいこらオルヴァ、むやみにお妃様のお名前を口にしたらカズマ殿下に剣突き付けられるぞ」
「えっ!わっ、失礼しましたお妃様!」
頭の中では『リン様』だから、つい呼んでしまっていた。
慌てて俺は頭を下げる。
すると、リン様の方が慌てたように両手を振った。
「そ、そんなこと気にしないでください!それに名前を呼ばれるのは、嬉しいです」
その言葉に俺は、気になっていたことを思い出した。
「でもカズマ殿下って、全然お妃様のお名前呼ばないですよね?あれはやっぱり照れ隠しなんですか?」
「こらこら」と先輩が苦笑する。
そういえば、前にも俺は、カズマ殿下に『お妃様のお名前呼ばないですよね』とかなんとか言って『だから何だ』と冷たくあしらわれていたのだった。
ちなみに、カズマ殿下は全然リン様の話をしないから、兵士たちは少しでも聞き出そうと、しょっちゅう突撃しては撃沈している。
他国にまで『溺愛』の噂が立つ二人のことを、自国の兵士が知りたくないわけがない。
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