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下町の外れにある、廃業した酒場。
薄暗い建物の中で、数人の男たちが声をひそめて密談していた。
「取引場所を知るには、やはりあの女を吐かせるしかないでしょう」
「あいつ…用心深い奴ですね。あの女の他には誰にも漏らしていない」
部下らしき二人が声をかけたのは、輪の中心で椅子に座っている、一人の男だ。
黒いフードを被ったその容貌は、暗闇でははっきりと見えない。
「……俺が行く」
男は短く言った。
抑えていても、聞く者が思わず顔を上げてしまうような、『力』を持った声だ。
「まさか…!王子殿下がわざわざ出向かれる必要など…!」
「王子殿下を娼館などに…!」
周りの者たちは一斉に声を上げる。
「時間がない」
『王子殿下』と呼ばれた男は、その一言で周りの抗議を静めた。
男は、自らのマントをばさりと脱ぎ捨て、椅子から立ち上がった。
「俺より早く聞き出せる自信がある奴がいれば、行け」
隠れていた黒髪と、漆黒の瞳があらわになる。――誰もが黙ってしまうような、美しさと凛々しさも。
男は、姿勢を低くしている部下たちを見下ろし、冷たい視線を向ける。
「そ、それは……」
「待っ…お待ちください!殿下!」
口ごもる部下たちから視線を外し、男は無言で酒場を出ていった。
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