▼ ひだまりの待ち人
彼女がこの王宮に初めて来た日のことは、今でも鮮やかに思い出せる。
美しい黒髪に、意志の宿る漆黒の瞳。
――まるで絵画の中から抜け出してきたようだと、本気で思った。
私がこの国の王子だった頃のことだ。
一瞬で王宮中をくぎづけにした彼女は、私がこれからの人生を共に歩む、妻となる女だった。
深窓の姫君、と聞いていたのだが、意外といたずら好きで、私と彼女はすぐに意気投合した。
その気持ちが恋に変わり、愛になるまでには、時間はかからなかった。
晩餐会などで他の男たちの視線を集めてしまう彼女を見て、私はよくやきもちを妬いた。
そんなとき彼女は決まって、「そんな女が妻で幸せでしょう?」と笑った。
私はその言葉に何も言えなくなってただ彼女を抱きしめて―――私より彼女の方が数段上手だったと思う。
結婚の数年後、当時国王であった父が戦死した。
父は王族を『飾り』ではなく『国民の盾になる者』と考えていたから、常に前線で指揮をとっていた。
父の死で、長子である私が王位を継いだ。
戦時中の、若すぎる国王の誕生に、臣下たちは揺れていた。
当時の将軍が「陛下の弔い合戦を致しましょう」と息巻いた。
わが国の軍事力をもってすれば、この戦いに勝ち目は見える――その見立てには頷けた。
だが、それは大きな犠牲を伴う勝利となる。
かと言って、国王になりたての私が、交渉などで戦いを終わらせることができるのか――そう考えると不安しかなかった。
そしてその頃、妻のお腹には、新しい命が宿っていたのだ。
そのことが私を臆病にし、踏み出す勇気をくじいていた。
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